約束のネバーランドの紹介:2020年日本映画。そこは「楽園という名の檻」だった――。週刊少年ジャンプ史上最も異色なダークファンタジーと称される、白井カイウ・出水ぽすか共著の『約束のネバーランド』原作の第1章 GFハウス脱獄編を実写映画化した作品です。
監督:平川雄一朗 出演者:浜辺美波(エマ)、城桧吏(レイ)、板垣李光人(ノーマン)、松坂桃李(謎の男)、三田佳子、関俊彦、渡辺直美(クローネ)、北川景子(イザベラ)、ほか
映画「約束のネバーランド」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「約束のネバーランド」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
約束のネバーランドの予告編 動画
映画「約束のネバーランド」解説
この解説記事には映画「約束のネバーランド」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
約束のネバーランドのネタバレあらすじ:起
とある孤児院「グレイス=フィールドハウス」、通称“GFハウス”。一見幸せに満ちた楽園であるかのように見えるこのGFハウスでは、孤児たちから“ママ”と呼ばれて慕われるシスターのイザベラ(北川景子)の元、各地から集まった孤児たちは血の繋がりはなくとも家族同然の関係を築き上げていました。
孤児たちはこのGFハウスで特殊な教育を受けて育ち、6歳から16歳までの間に“里親”の元へと引き取られていくのです。もうじき16歳になるエマ(浜辺美波)、レイ(城桧吏)、ノーマン(板垣李光人)の3人は孤児たちの中でもとりわけ頭脳明晰で優れた身体能力を持ち、率先して年少の孤児たちの世話にあたっていました。
エマたちもまた、いつか自分たちも外の世界に出て幸せに暮らすことを夢見ていました。“その日”までは…。
約束のネバーランドのネタバレあらすじ:承
ある日の夜、孤児の少女コニー(浅田芭路)に里親が見つかり、彼女は晴れて外の世界に出ることになりました。エマとノーマンは笑顔でコニーを見送りましたが、その直後に二人はコニーが片身放さず持ち歩いていたぬいぐるみが食堂に置き忘れられていることに気付きました。エマとノーマンはコニーにぬいぐるみを届けるべく、彼女が向かった“門”へと急ぎました。
外の世界への唯一の出入り口である“門”は、決して近づいてはならないとイザベラから固く命じられていたところでした。エマとノーマンが目の当たりにしたのは、“鬼”と呼ばれる怪物に喰われるための“食肉”として出荷されるコニーの姿でした。
しかも立ち会ったイザベラの対応は妙に慣れた事務的なものであり、エマとノーマンは今まで“里親”に引き取られた孤児たちは実はみなそ“食肉”として出荷されていたことに気付きました。
実はGFハウスは楽園などではなく、“鬼”に献上されるための“食用児”を飼育する“農場”であり、イザベラの正体は最上級の“食用児”を育てるための飼育監だったのです。これまでの全てが偽りであることに気付いたエマとノーマンはレイにも真実を告げ、孤児たち全員を引き連れての脱獄計画を練り始めました。
一方のイザベラも“門”のそばにコニーのぬいぐるみが落ちていたことから孤児の誰かが真実を悟ったのではないかと考え、新たな補佐役兼監視役として“本部”からシスターのクローネ(渡辺直美)を迎え入れました。
約束のネバーランドのネタバレあらすじ:転
クローネはイザベラに忠誠を誓う素振りを見せつつも、裏では下克上を起こしてイサベラを追い落とすことを目論んでいました。利害が一致した孤児たちとクローネは極秘裏に協力関係を築き、クローネは孤児たちの耳に超小型の発信機が埋め込まれているなどの情報を提供しました。しかし、クローネは裏切りがバレてイザベラに“食肉”として出荷されてしまいました。
更に追い打ちをかけるように、今度はレイが実はイザベラのスパイであったことが発覚しました。幼少時からの記憶があるレイは実は真実を知っており、口外しないことを条件にイザベラに協力することを条件に出荷を免れていたのです。
エマとノーマンはレイのまさかの裏切りにショックを受けましたが、ノーマンはレイは本当は決して裏切り者ではなく真の意味で仲間となりうる人物であり、脱獄計画を推し進められる同志を求め続けていたという真意を探り当てました。
着実に脱獄計画を押し進めるエマたちでしたが、運悪くイザベラに脱獄の下見をしたことがバレてしまいました。エマは足をへし折られ、ノーマンは出荷されることとなってしまいました。エマとレイはノーマンの発信器を無効化したうえで全員が脱獄するまではハウスの外に潜伏させる作戦を立てます。
ところが、ノーマンは脱獄計画に支障が出ることを恐れ、発信機を起動させたまま危険な“門”周辺の下見に向かいました。戻ってきたノーマンはエマやレイたちに得られた情報の全てを伝えたのち、イザベラによって出荷されていきました。エマやレイはただ見送ることしかできず、イザベラは運命には逆らえないという絶望的な真実を突き付けてきました。
そして、遂にレイも出荷されることとなりました。
約束のネバーランドの結末
レイは自らの身体に火を放ってイザベラに一矢報いようと決意しました。そこに足の怪我から回復したエマが現れました。密かに計画を進めていたエマはレイに焼身自殺を図ったフリをさせ、GFハウスに火を放ちました。
イザベラは発信機の反応から燃え盛る炎の中にレイがいると察知、慌てて消火作業を行いましたが、火の手があまりにも強いことからやむなく孤児たちをハウスの外へ避難させました。その際、イザベラは、炎に包まれるレイを呆然としながら見ていたはずのエマの姿がないことに気付きました。
実はエマはレイや孤児たちの耳から発信機を取り出し、それを火の中に投じてイザベラを欺いていたのです。
エマたちはノーマンが命がけで下見してくれた脱出ポイント、GFハウスと外の世界を隔てる対岸の崖が一気に狭まっている箇所に向かいました。イザベラは急いでエマたちの後を追いましたが、エマたちや孤児たちは既に密かに用意していたロープやハンガーなどを使って対岸に渡り始めたところでした。
イザベラは「外の世界にも安息の場はない」と言い放ちましたが、エマは「ないなら作ればいい」と返して対岸へと辿り着きました。既に夜は明け、エマたちは外の世界への一歩を踏み出しました。
以上、映画「約束のネバーランド」のあらすじと結末でした。
「約束のネバーランド」感想・レビュー
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食用肉として育てられたハウスの子供たちが必死に生きようとしている姿に感動した。特に、仲間想いで、自分が犠牲になることで仲間を救えるのであれば、死を選んだノーマンのシーンには非常に感動した。
見どころは、最後に北川景子演じるママが子供たちを解放してあげるシーンである。それまで子供たちを逃さないように必死だったのが、自分の過去と通ずるものを感じ、子供たちを追いかけることを辞めたところがよかった。 -
この映画は漫画の実写でキャストが浜辺みなみさん、板垣りひとくん、北川景子さんと豪華なメンバーが漫画の世界と同じように引き込ませる高い演技力が見所です。渡辺直美さんはとくに漫画を意識されていてそっくりでした。ハラハラドキドキが楽しめます!子供と一緒にみました。
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実写化ということでどうなるんだろうという感じはあったのですが、キャストに合わせた設定の変更はあったものの、ストーリーがわかりやすくまとめられていてキャストがハマってました。ノーマン役の子の演技のうまさが光っていました。
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この映画は、ハラハラドキドキするけど、とても感動的な映画でした。
私的には、涙無しでは見られません! -
これは食肉じゃなく臓器提供のほうが人対人の関係で現実的で良かったのかと思う
まぁマンガを見てないので。。。 -
漫画はみていなく、実写版で初めてみたという感じです。
約束のネバーランド、ドキドキする物語ですね!
ノーマンが出荷されるとき、エマやレイをさいごに抱きしめたシーンは
もう涙がボロボロ(´・ω・`)
最高でした約束のネバーランド! -
原作の漫画は見ていなくて、友達がみていて(原作)結局見ていないんですけど、とても豪華なキャストで北川景子さん、浜辺美波さんなど、すごくて、(^^)一番感動したシーンは、最後の,エマが言ったないなら、つくればいい!という、そうゆうポジティブな、気持ちや、決断力が、1番感動しました! 本当に感動!
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全部の話を知っていると、半分位しか映画化になっていない。続編は作らないのかなぁ
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原作のコミックもTVアニメも未見であり、私はこの映画の存在すら知らなかった。 この「約束のネバーランド」は映画と言うよりも寧ろ、「舞台演劇やテレビドラマ」でも見ているような感覚だった。 一般的に演劇やテレビドラマの場合は分かりやすさが必要なので丁寧に描写していく。一方、映画は観客の想像力に働きかけるためにあえて抽象化したり省略するということもあるわけだ。 なのでこの作品は映画としての雰囲気や格調には欠けるが、セリフがハッキリと明快で、丁寧な説明とも相まって非常に分かりやすかった。 この「約束のネバーランド」は決して「荒唐無稽な架空の物語」などではない。 人間が人間を食うという「食人」(カニバリズム)は、古代から近代に至るまで世界各地で行われてきた。 かのナチスは悪名高き「絶滅収容所」(ユダヤ人等が対象のホロコースト)で人体を利用した工芸品などを作っていた。 そして現在では「より悪質で巧妙」な「カニバリズムやジェノサイド」が組織的かつ日常的に行われている。 カニバリズムと言っても直接人肉を食べるわけではない。富裕層の間では「臓器移植」と言う名の、新たなるカニバリズム(富豪やセレブが貧者の臓器を買い漁っている)が定着しているのである。 実際に中国では現在約100万人のウィグル人が「強制収容所」に入れられている。収容されているウィグル人の大半を処刑しないのは「臓器売買」の大切な資材だからである。ウィグル人と言う名の「臓器売買用の家畜」は、出荷され「屠殺」される(生きたまま臓器を抜かれる場合もある)日までは食事(餌)を与えられて「厳重に飼育管理」されるのである。 ウィグル人の悲劇はほかにもある。 例えば日本の市場(マーケット)で出回っている「太陽光パネル」(その約95%が中国製)は、これらのウィグル人の「奴隷労働」によって支えられている。 「約束のネバーランド」は外の世界を知らない子供たち、「純粋培養」され出荷を待つ「食用児童の悲劇」を描いた「衝撃の問題作」だったのである。 つまり「約束のネバーランド」は絵空事(SFや都市伝説)でも他人事(エンタメの世界のこと)でもない。これらは今 世界で現実に起きているし、更にもっと深刻な事態に発展する可能性があるのだ。 私はこれらのこと(将来の世界の姿)を、【箱庭の中だけの自由】と言って警鐘を鳴らしている。 「サファリパーク」(箱庭)の中で生きている動物たちは、アフリカのサバンナも、中央アジアの平原のこともわからない。元々知らないのか、或いは忘れてしまったのか。彼らにとっては「サファリパークだけが唯一の世界」なのであって、サファリパークの外に「本物の世界がある」ことなど想像もつかないのである。 翻ってみれば人間界においてもこれと同様の現象が起きている。 「SDGs」や「LGBTQ理解増進法」や「脱炭素:再生可能エネルギー」「太陽光パネルの設置義務」「ビッグテックによる言論統制や検閲」(YouTubeの言論統制)等々。我々はこのような「非現実的」で偏った(馬鹿げた)「特定の思想」(過度な商業主義)を押し付けられて、「青息吐息」で日々「汲々(きゅうきゅう)」として生きている。 平成以降に生まれた30代の者は真の意味での「言論の自由や表現の自由」を知らないし、我々を含めた熟年世代~老人たちは、「多彩で寛容な大人の文化」(言論の自由:真の自由)を忘れてしまったのである。 もはや我々は「箱庭の中」でしか生きることが許されない。これは正に「人間牧場」であり、つまりは「人間の家畜化」ということなのである。 また世界中の児童がまるでラボ(実験室)のマウスのように、「生体実験」を実施されている。新型コロナでの「ワクチン:義務化:強制」や「マスク:義務化:強制」にしても、「LGBTQ教育」を通して児童に対する「ホルモン注射の推奨」や「性転換手術の推奨」など。これらの「一番の被害者」であり「犠牲者」となるのは「罪のない子供たち」なのである。 繰り返すが「約束のネバーランド」は決して他人事ではない、「あすあさって」にも我が身に降りかかる可能性があることを忘れてはならない。
原作の漫画は見ていなかったが、テレビアニメで見ていたので、実写によくある違和感を感じるか不安だったが、気にすることなく見れて良かった。北川景子が特にキレイだった。世界観がもともとダークだが、最後は一応、ハッピーエンドに向かうので、切なさもありつつだが、アクションの要素も含まれていて屋敷が燃えるシーンは迫力があった。