汝の敵日本を知れの紹介:1945年アメリカ映画。第二次大戦中、アメリカが敵国日本をアメリカ国民に紹介するために制作したプロパガンダ映画。国連や日本国が撮影したニュース映像などをもとに必要に応じて再現映像を加えている。終戦に伴い、公開されることなく眠っていた作品。
制作:米国陸軍映像部門通信隊 出演: 昭和天皇、日本国民ほか
映画「汝の敵日本を知れ」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「汝の敵日本を知れ」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
汝の敵日本を知れの予告編 動画
映画「汝の敵日本を知れ」解説
この解説記事には映画「汝の敵日本を知れ」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
汝の敵日本を知れのネタバレあらすじ:起
まず初めに、「日系米国人2世たちが米軍の一員として勇敢にナチスドイツと戦ったこと、彼らは敵国日本人と見た目は似ているが、中身は日系米国人の忠誠を有する。」そして「日本人ジャップはいまだ自由の意味を解さない。」というテロップが流れた後、藁の束を日本刀でスパスパと切る一人の日本軍人。鳥の尾羽を背中に付け、前には太鼓を担ぎ、奇妙な踊りを輪になって踊る男たち。人力で水車を回して田畑に水を送る様子。草鞋を履いた人たちなどが映される。ナレーターはまず「日本兵を理解しよう」と呼びかける。日本兵の平均身長や体重、給料、その外見が焼き増し写真のように皆一律に似ている、ということなどを語る。日本兵の非効率的な服装や訓練にもかかわらず有能で、日本では兵隊にいることが、人間として最高の手柄である。東京に向かう電車はそこに天皇が住むので「上り電車」と呼ばれる、と紹介される。昭和天皇ヒロヒトは太陽であり、仕立て屋さえも彼に触ることはできない、と言う。天皇はすべての源であると考えられている。1940年は日本にとって聖なる年で、神武天皇による建国から2600年が祝われた。神武天皇は天照大神=太陽の孫である。ヒロヒトは128代目の直系の太陽女神の子孫、とされる。日本人は職業や立場にかかわらず、一つの国民であり、神の子孫であるため、他のどの国の国民よりも優れていると信じている。そして「神道」を信仰する。
汝の敵日本を知れのネタバレあらすじ:承
神道は理解が難しいが、この国の神髄であり、生者と死者の行動を律する。過去に死んだ日本人の霊は日本を見守る。そのため、生者は手を叩いて霊を呼び、供え物をし、香がたかれる。あらゆるものに神が宿る。1870年ごろから国家は神道に狂信的な教理を持ち込んだ。その教理のせいでアジアの人々が多く苦しみ、現在ではアメリカ人も苦しんでいる。この教理は神武天皇が「都を広げ、屋根の下に世の八方を覆うべし」と言ったことが元になっており、ジャップはこれを「八紘一宇」と名付けて世界を手に入れようとした。これが日本に悲劇をもたらした、とナレーターは語る。京都大学の教授が「すべての海は大いなる日本海とみなすべし」と英語で宣言している音声が流れる。戦争で死んだ日本人は聖なる社=靖国神社に軍神として祀られる。それが日本人の最高の栄誉だ。だから兵士たちは別れ際に「靖国で会おう」と言う。日本の面積や耕作に向くのは16%に過ぎないこと、地震が多いことなどが紹介される。東京は790万人が住み、世界3位の大都市である。元々はアイヌが住んでいたが、モンゴル、中国、マレーシアなどから人々がやってきて、混血が進み日本民族となった、と説明される。僧などを祭り上げて天皇とし、政治を司らせたが、実際には政治力は弱く、徐々にサムライが力を持つようになった。
汝の敵日本を知れのネタバレあらすじ:転
サムライは「武士道」という規範を発展させた。武士道は裏切りを容認するばかりか、待ち伏せを奨励、丸腰の者を背後から襲うことを良しとした。だまし討ちの技、それが武士道だ、とナレーターは続ける。1592年に将軍秀吉が世界を手に入れようと、最初の標的を中国に置いた。秀吉は急死し、中国への侵攻も中止された。しかし奪略したものは非常に多く、その中には3万もの耳や鼻の塩漬けもあった。1521年にマゼランがフィリピンに到着。彼と一緒にスペインやポルトガルの宣教師が日本にやってきた。まもなく200の教会が建ち、20万人以上の改宗者が出た。137教会が長崎で焼かれ、東京のキリスト教徒は皆火で焼かれた。西洋を放り出せ、平和の教理は捨てよ、と日本は鎖国を始めた。それからの200年で世界はそれまでの1000年より発達したが、日本は閉ざされていた。1852年、ペリーが横浜に着き、貿易を促した。サムライたちは、白人がもたらした機械や武器が優れていることを認めた。サムライたちは将軍制を止め、明治天皇を専制君主に祭り上げた。自分たちの特権はそのままに天皇の補佐役となった。西洋から様々なものがもたらされた。農民たちも兵士になることができるようになった。日本人は他国の力を借り、軍事力を築いていった。しかしこれが武士道の「だまし」だった、とナレーターは語る。イギリスやフランスに軍隊を鍛えてもらったが、フランスがドイツに敗れると、ドイツに鞍替えした。英米からは民主主義を借用し、表向きの議会を開いた。しかし陸海軍省の大臣は封建豪族の子孫で、天皇と直接会話することができ、文民政治を無視した。近代化しても生活はよくならず、日本人はみな勤勉に働いた。それが美徳とされた。生活水準も数百年前と変わらない。
汝の敵日本を知れの結末
思想警察なるものがあり、人々の思想を取り締まる。政府に訓練された教師だけが学校で教えることができ、画一的なやり方を教えるだけで、心を鍛えることなどはしない。天皇に命を捧げることだけを教え込まれる。1914年第一次世界大戦で連合軍の勝利を宣言。八紘一宇が近づき、戦争も政争も連勝だった。軍部の人気は高まり、田中義一男爵がアジアを征服するという「田中覚書」を天皇に渡した。そのためには人員と原料が必要で、満州、シベリアを征服。アメリカ制服は最後の段階として、世界征服を描いた。西洋の音楽も、ダンスも、映画も政府が禁止した。情報はすべて東京に集められ、整理される。日本は真似が上手く、様々なイミテーション製品を底辺の零細工場で作り、アメリカ製などと謳って輸出された。しかし何よりも日本兵の作り方に注目すべき。少年たちは狂信的なサムライ精神を身に着けていく。ジャップの優越性を外国兵士に示すべく暴れ、満州を奪い、上海を爆撃、真珠湾攻撃、フィリピン攻撃、と次々に新聞の一面が映される。笑顔で万歳と叫ぶ兵士たち。100人ずつに分けられたアメリカ、フィリピンの捕虜たちが死の行進をさせられる。3年後マッカーサーに解放された捕虜たちは骨と皮だ。日本軍は何千ものフィリピンの文民を殺した。死体が転がるフィリピンの道。再び万歳をする日本兵士たちが映される中、「これが我らの敵、ジャパンだ」とナレーター。その後マッカーサーがフィリピンを奪還。沖縄では敵兵10万人以上を壊滅させた、と誇らしげに語るナレーター。今や日本への総攻撃をしかけるとき。米軍の飛行機から落とされる爆弾、撃墜される日本軍の飛行機などが映される。笑顔のアメリカ兵。ヴィクトリーの「V」という文字が現れ、ジ・エンドとなる。
以上、映画「汝の敵日本を知れ」のあらすじと結末でした。
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