陸軍中野学校の紹介:1966年日本映画。鬼才・増村保造監督が手がけた日本では珍しいスパイもの。時代劇の出演が多い雷蔵としては異色作だが、彼の陰のある演技にピッタリで、好評のためシリーズ化された。脚本は後に「小伝抄」で直木賞を受賞する星川清司。
監督:増村保造 出演:市川雷蔵(三好次郎)、小川真由美(布引雪子)、加東大介(草薙中佐)、E・H・エリック(オスカー・デビットソン)、待田京介(前田大尉)、ほか
映画「陸軍中野学校」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「陸軍中野学校」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
陸軍中野学校の予告編 動画
映画「陸軍中野学校」解説
この解説記事には映画「陸軍中野学校」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
陸軍中野学校のネタバレあらすじ:起
昭和13年10月、東京帝大卒業後、陸軍予備士官学校で学んだ三好次郎は少尉として第57連隊に入隊します。次郎は母一人子一人でしたが、母親の幼友達の娘である布引雪子が下宿人として同居。次郎は2年して除隊したら、彼女と結婚するつもりでした。
次郎は入隊後、すぐに連隊本部に呼び出され、参謀本部の草薙中佐と面談します。草薙は次郎に様々な事柄について質問。さらに観察力と記憶力のテストを行った末、帰還を命じます。
その1週間後、陸軍省に出頭せよとの極秘命令を受けた次郎はさらに九段の靖国神社へ。やはり陸軍予備士官学校を出た17人の新米少尉と一緒でした。
陸軍中野学校のネタバレあらすじ:承
連れて行かれたのは軍人会館の隣り、愛国婦人会本部の中にある木造2階建てのバラックです。そこには軍服ではなく背広を着た草薙が待っていました。彼によれば、この集められた18人というのは間諜、つまりスパイ候補生。
これから1年間徹底的にスパイとしての教育を行う予定です。「スパイになれ」という言葉に、次郎を含めた一同は面食らいます。「なぜ我々を?」という質問に、草薙は「諸君は軍人と違って常識と教養を身につけている。それをスパイ活動に活かしてもらいたい」と返答。とにかく軍令であるため、18人はイヤとは言えません。一緒に生活しながら、スパイとして様々なことを学ぶことになります。
陸軍中野学校のネタバレあらすじ:転
家族や恋人とも会えない暮らしは辛く、2人の自殺者も出ますが、やがて彼らは教育を終え、実践の場へ。さっそく次郎は、参謀本部から英国外交電報の暗号コードブックを盗み出す指令を受けます。
彼は警戒の手薄な横浜の領事館を狙い、暗号係のデビットソンという役人と友だちに。そして領事館に侵入し、コードブックを撮影します。しかしこの情報を伝えたあと、英国側ではすぐにコードブックの内容を変更しました。
陸軍中野学校の結末
参謀本部に内通者がいると疑った次郎は本部に出入りして調査を開始しますが、驚いたことにそこでは雪子がタイピストとして働いていました。彼女は以前丸の内の商事会社に勤めていたのですが、次郎の消息を求めて転職したのです。
雪子が自分では知らずに内通者の片棒を担いでいることが判明したため、次郎は彼女に接近。そして無慈悲にも彼女を毒殺してしまいます。もはや心身ともにプロのスパイになりきった次郎は支那の北京に赴任。国のため諜報活動に従事することになります。
以上、映画「陸軍中野学校」のあらすじと結末でした。
大使館のスタッフや領事館などに出入りする者の中には諜報活動(エスピオナージ)に携わる人間が一定数いる。このことは知識人の間では半ば公然の事実であろう。私はかつて大阪西天満の米国総領事館ビルの附近で仕事をしたことがある。西天満の老松町は画廊(ギャラリー)やアンティークショップが軒を連ねる古美術街で、私はアート関係のビジネスを通じて約一ヵ月ほど西天満に滞在していた。昼食時に米国総領事館の裏口の前を通り掛かるとランドクルーザーに乗り込む白人系の中年男女(4人~5人)を良く見かけたものだ。彼等がみな一様に地味で暗い印象の怪しげな雰囲気だったことを今でも克明に覚えている。戦争を抑止する為か戦争に勝利する為かに関わらず、諜報員だけにはなりたくないし関わりたくもない。何故ならば状況によっては罪のない人間を犠牲にする可能性が高いからだ。「イデオロギー」や、いわゆる「正義」と言うものほど当てにならないものはない。如何なる国家であろうとも、戦前と戦時中と戦後ではイデオロギーや正義の概念が大きく変化(転換)するからである。自分が正しいと信じていたモノの「正体」が善なのか悪なのかも解釈によっては真逆になる。かつての独裁体制下では少年兵や少女兵たちが自分の親族や近所の大人たちを次々に虐殺していった。ポルポト政権下のクメールルージュや毛沢東の文化大革命における紅衛兵がそれである。凡そ洗脳ほど怖ろしいものはない。「大義」の為なら殺人も厭わず。「陸軍中野学校」を含めて諜報活動に従事する者は自分を殺すことが大前提となる。自分の人生を犠牲に出来ない者が他人の人生を奪うことなど出来る筈がない。諜報員の過酷な任務を支える拠り所(精神的支柱)もまた「大義」なのである。本作「陸軍中野学校」はスパイ活動の非情さと戦争の不条理を巧みに織り交ぜ、娯楽映画でありながらも複雑怪奇な人間心理の実相をリアルに描き切っている。この作品でも増村保造監督の表現者としての透徹した審美眼は冴えわたっていた。増村は独自のファインダーを通して、時としては非情に徹することが出来る人間の実像をクールに描き切ってみせた。翌年(67年)に公開された「華岡青洲の妻」でも、増村保造と市川雷蔵が再びタッグを組んでいる。「陸軍中野学校」も「華岡青洲の妻」もモノクロで撮ったシリアスな人間ドラマでありセンセーショナルな問題作でもある。そして市川雷蔵が現代ドラマにおいてもその非凡な演技力を発揮して孤高の侍(リアル武士)を見事に演じている。三好次郎と言う人物を実在の等身大の人間として演じた雷蔵の並々ならぬ力量。映画の中では雷蔵の苦痛を伴った神妙な表情が常に様々なアングルで映し出されている。三好次郎(雷蔵)の苦悩がこの作品のモチーフであり固定観念(通奏低音)となって貫かれているのである。また原口という仕立て屋に扮した雷蔵の変幻自在の好演にも舌を巻いた。雷蔵は誰を演じても生気に溢れた等身大の人間像を表現できる誠に稀有なる千両役者なのである。小川真由美の起用もまた絶妙で、この映画に独特なアクセントと忘れ得ぬ余韻をもたらせている。コケティッシュな女を演じさせたらピカイチの小川真由美。その小川が雪子と言う儚い女の性(さが)をさり気なく淡々と演じていた。小川真由美の演じる雪子がシンプルだからこそ私は余計に哀れに思えて無性に哀しかったのである。更に草薙中佐役の加東大介の熱演も大変に見応えがあった。加東大介の実姉の沢村貞子は戦前の昭和7年と8年に治安維持法違反で2度逮捕されている。10ヵ月間の勾留中に特高警察によって沢村貞子は全裸にされて苛烈で屈辱的な取り調べや性的な拷問を受けている。この映画で加東大介(草薙中佐)が雷蔵(次郎)に雪子のことで助言する。「何しろ憲兵隊のことだ、雪子さんを素っ裸にして言語に絶する淫らな悪戯をするだろう」っと。だから憲兵隊に雪子を渡すなと力説する。私はこのシーンで加東大介は姉の貞子のことを念頭に置いていたのだと想像する。ところで私はあの戦争(大東亜戦争)を美化する気もなければ一方的に糾弾・否定するつもりもない。イデオロギーや正義や大義などはどうでも良い、私たちは立場が変われば殺人事件の加害者にも被害者にもなるからだ。この作品は娯楽アクションとしても、スリラーとしても楽しめるスパイ映画の傑作である。しかし、観る者に「いったい人間とは何か」を突き付ける鈍器のような重い衝撃が腹に響き余韻を残す。そして人間心理の深層では「殺人者と聖人が同居」していることを改めて肝に銘じておくべきだ。