あのことの紹介:2021年フランス映画。1960年代のフランス。当時、人工妊娠中絶は違法とされ、何らかの処置を受けた女性、それを施した医師や助産師、さらに助言や斡旋をした者まで懲役と罰金が科されていた。そんな時代に望まぬ妊娠をした大学生のアンヌが、自らが願う未来をつかむためにたったひとりで戦うことを決意する。原作は2022年のノーベル賞文学賞受賞作家アニー・エルノーが自ら経験した実話をもとに書き上げた小説『事件』。本作は英国アカデミー賞、セザール賞の監督賞にノミネートされた。
監督:オードレイ・ディヴァン 出演:アナマリア・ヴァルトロメイ(アンヌ)、ケイシー・モッテ・クライン(ジャン)、ルアナ・バイラミ(エレーヌ)、ルイーズ・オリー・ディケロ(ブリジット)、サンドリーヌ・ボネール(ガブリエル/アンヌの母親)、アナ・ムグラリス(リヴィエール/闇医者)、ファブリツィオ・ロンジョーネ(ラヴィンスキー医師)ほか
映画「あのこと」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「あのこと」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「あのこと」解説
この解説記事には映画「あのこと」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
あのことのネタバレあらすじ:起
1960年代、フランス。学生寮に暮らす大学生のアンヌは、教師からも一目置かれるほど成績優秀で、学位を取って教師になることを夢見ていました。
そんなアンヌには心配事がありました。生理がまだ来ないのです。両親が小さな食堂を営む労働者階級のもとに生まれたアンヌにとって、明るい未来を切りひらくには学業を中断するのはあり得ないことでした。
勇気を出して病院に行くと、医師からあっさり「妊娠している」と告げられるアンヌ。彼女は「どうか助けてほしい」と医師に懇願しましたが、「違法行為をするわけにはいかない。それをすれば刑務所行きだ、君も」と追い払われてしまいます。
あのことのネタバレあらすじ:承
アンヌにはいつも一緒にいる仲良しの友達エレーヌとブリジットがいましたが、打ち明ける勇気はありませんでした。たったひとりで電話帳から調べ別の病院へ行きましたが、やはりそこでも「帰ってくれ」と突っぱねられます。何とか注射薬を処方してもらいましたが、処置しても何の変化はありませんでした。
焦燥感だけが募る中、アンヌは女友達が多い同級生のジャンを呼び出し、自分と同じ経験をした女性を探してほしいと伝えましたが、「妊娠中ならリスクがない」と襲われそうになり、立場を利用された悔しさと怒りとともにその場を去りました。
何もせずに時間だけが過ぎていきます。アンヌは日に日に大きくなる不安と恐怖に潰されそうになり、勉強も手につかず成績が落ちてしまいます。ついに教師に呼び出され、このままでは進級ができないと心配されます。しかしアンヌは嘘をつく気力さえなく、何も答えることができませんでした。
事態を知ったエレーヌとブリジットにまで「巻き込まないで」と見放されてしまいます。
あのことのネタバレあらすじ:転
ついにアンヌは覚悟を決めて、ボルドーにいる相手の青年へ連絡して事態を告げました。しかし自分しか頼れないことを悟ったアンヌは、「なんとかする」と言い電話を切ると、自分なりに調べた方法で処置を試みました。かぎ針を炙って消毒すると、鏡を頼りに激痛に耐えながら子宮の奥深くまで挿入しました。
翌日、アンヌは再び病院にやってきました。しかし医師から「赤ちゃんは持ちこたえた」と告げられました。やれることを全てやったのにダメだったと肩を落とすアンヌ。さらには他の病院で注射薬を処方された話をすると、医師から「それは流産を防止する薬だ」と言われ、アンヌは絶望の淵に立たされます。
ある日の夜、アンヌは物音で目覚めると、窓の外にジャンの姿がありました。ジャンは中絶をした知り合いを探してくれたとのこと。待ち合わせ場所の公園へ行くと、その女性はいました。親しげに会話をしているフリをしながら闇医者の情報を聞きました。金額は400フラン。新聞配達員の紹介と言って訪ねるようにと、アンヌは闇医者の住所が書かれたメモを受け取りました。
お金になりそうな物を全て売って費用を工面したアンヌは、住所にあるアパートの一室を尋ねました。医師らしき女性が現れアンヌを部屋へ通しました。どんなに痛くても決して声を出せない中でアンヌは激痛に耐え、処置は終わりました。24時間のうちに胎児は降りてくるとのこと。寮に戻ったアンヌはその時を待ちましたが、一向に気配がありませんでした。結局何も起きませんでした。
あのことの結末
再び闇医者を訪ねたアンヌ。女医から「これ以上の処理をすれば拒絶反応を起こし命の危険がある」と告げらます。しかし自己責任で処置をしてほしいと告げるアンヌの固い決意に、女医も再び処置をするしかありませんでした。
寮に戻ったアンヌは深夜、突然襲ってきた痛みにのたうち回りました。意識は朦朧とし、呻き声をあげながら這うようにトイレに駆け込むと、痛みはさらに増し、大量の汗が吹き出てきました。
ぽちゃんと音を立てて、胎児が産み落とされました。うめき声を聞いて様子を見に来た寮メイトの女子にへその緒を切ってほしいと頼むアンヌ。寮生は尋常ではない事態に気がおかしくなりそうになりながらへその緒を切り、アンヌを部屋へ運びました。
しかし血液が止まらず、アンヌの意識は次第に薄れていきます。そして病院へ運ばれていきました。
アンヌを診た医師は、カルテに「流産」と書きました。もし中絶と書かれたらアンヌは重い罪に問われることになっていました。
卒業試験当日。教室には試験に挑むアンヌの姿がありました。
以上、映画「あのこと」のあらすじと結末でした。
「あのこと」の公開当時(2021年)は、原作者のアニー・エルノーは81歳で、監督(脚本)のオドレイ・ディワンが41歳、主役(アンヌ役)のアナマリア・バルトロメイは22歳であった。 すなわち実在する3世代のフランス人の女たちがこの映画を創り上げたのだ。 なのでこの作品は正に「女が書き、女が撮り、女が演じる」という、これはそういう生々しい映画なのである。 実際のところアンヌを演じたアンナマリアは実に良かった。これぞ正に「等身大のリアルな大学生」であり、この映画はまるで彼女を追った「ドキュメンタリー」(密着レポート)のようでもあった。 アンヌはとても若くて経験不足かも知れないが、知性に恵まれ「気骨のある」魅力的な女子学生なのである。 そのアンヌが半裸で寝転んで、自らの股間を開いて、自分の力だけで何とかしようとしている。或いは周囲に内緒で「麻酔なしの闇医者」に頼んで中絶(搔把:そうは)の施術を受けている。「おお何ということだ!」 このうら若きアンヌの苦痛たるや想像を絶するものがあるではないか。 そして一介の男にしか過ぎぬこの私如きには、たとえ65年かけてみてもアンヌの痛みなど微塵も解らないではないか。 これが男と女の埋めようがない、どうすることもできないギャップなのである。 ところで私は、このどうにもならない「男女間のギャップ」のことがとても気がかりなのだ。その男女間のギャップとは、女性だけが負っている「ハンディキャップ」のとである。 あるがままに(具体的に)言うと、女性(或いは女性器 や子宮)は人類の欲望や願望を受け入れて、「生命」という尊い「人類の未来」を生み出している(人類の壮大なる旅の到達点「種の保存」)。もっとハッキリと言えば、実際の「性行為」は、男性には優しいが女性にとっては厳しい面があるということ。つまり男性は性交時には著しく「快感を享受」するが、「女性の場合は性交時には苦痛」を伴うこともあるということだ。 女性器は時として性交時に傷を負い、出産時に至っては更に深い傷と「多量の出血」と「厳しい裂傷を負う」のである(最悪は死に至る)。この女性の「受難と自己犠牲と苦痛と忍耐」の先に、人類は「新生児」(嬰児)と言う名の「奇蹟を授かる」ことが出来るのである。 私は65年間の人生においてこの「女性の価値と本質」を理解しているからこそ、常に「崇高なる女性に対する畏敬の念」を抱き続けるのである。 だから私は当節流行りの「フェミニズムだとかLGBT法案」などが大嫌いなのだ。 何故ならば、男女には埋まらないギャップがあり、女性の側にこそ著しいにハンデがあるのに「男女同権(同格)」と言うのは、どう考えてみても「理不尽」だからだ。 だからこそ女性は男性よりもうんとうんと、その何倍も優遇されるべきなのである。私は別に男性を冷遇せよと言っているわけではない。もっともっと女性を優遇すべきであると言っているだけなのだ。 少々説教がましい話になったきたのでこの辺でやめておこう。 いずれにしても、映画「あのこと」は、初老の男にも改めて様々な問題を投げかける素晴らしい作品であった。「事件」と言う名の自叙伝を書いたエルノー女史と、共に二人三脚で映画を創ったオドレイとアンナマリアの「疑似母娘」に拍手を送り、心から謝意を表したい。映画「あのこと」は、映画史に燦然と輝く「珠玉の名作映画」である。