ゲッベルスと私の紹介:2016年オーストリア映画。有能なタイピストとして、ヒトラー政権の宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書をドイツの敗戦にいたるまで3年間務めたブルンヒルデ・ポムゼル。撮影当時103歳のポムゼルへのインタビューと彼女の証言を相対化すべくフィルム・アーカイブから探し出されたプロパガンダ映像――ナチスを滑稽に描くアメリカのプロパガンダ映画や、ゲッベルスのイタリア訪問の映像、ホロコーストの実態を記録した映像等――が、あるドイツ人の人生を浮かび上がらせる。全編白黒作品。ポムゼルは完成された作品をミュンヘン国際映画祭で見てから半年後の2017年1月に106歳で亡くなる。
監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー 出演:ブルンヒルデ・ポムゼル、ほか
映画「ゲッベルスと私」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ゲッベルスと私」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ゲッベルスと私の予告編 動画
映画「ゲッベルスと私」解説
この解説記事には映画「ゲッベルスと私」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ゲッベルスと私のネタバレあらすじ:幼年時代と青春時代
連続するクローズアップ・ショットによってポムゼルの多数のしわに刻まれた顔がとらえられる。黒い背景を前にボムゼルが語り始める。ふだんは紳士的でおとなしい人物なのに演説が始まると豹変する見事な役者のゲッベルス。ドイツの若者については、自分があの時代にいたらユダヤ人を助けたと若い人たちは思うかもしれないが、かれらも自分と同じことをしただろうと言う。そして彼女が育った時代をふりかえる。
権威主義的な教育。何かというとお尻をたたかれ、厳しくしつけられたドイツの子供たち。青春時代には彼女にもハインツという恋人ができる。恋人がスポーツ宮殿のチケットを手に入れたので、二人で出かける。当時は様々な催しがスポーツ宮殿で行われていていた。今日は何だろうと期待して行ったが、ゲーリングが演壇に立つナチの集会でがっかりする。ポムゼルはノンポリだった。
ベルリン・オリンピックで外国人が多く訪れるのがうれしかった。当時ラジオ局に勤めていた彼女の職場を「日本人かインド人」が訪ねてきたことがあった。
ゲッベルスと私のネタバレあらすじ:総力戦演説の熱狂
ポムゼルは洗練された完璧な上司だったゲッベルスを想起する。そして彼の子供たちを。12時頃になるとオフィスに昼食のためにお父さんを迎えにきた礼儀正しい子供たち。帰り際にはハイル・ヒトラーと挨拶していった。
ゲッベルスが人々を特に熱狂させたのは、スターリンググラード攻防戦での敗北の直後に戦意高揚を図った1943年2月18日の総力戦演説だった。彼の魔術にかかり何百人もの人々が興奮状態に陥った。ポムゼルと同僚はその熱狂をあっけにとられて見ていたが、親衛隊から拍手くらいするようにと注意されて拍手したのだった。
ゲッベルスと私のネタバレあらすじ:知らなかったこと
ポムゼルは弁護士で保険代理店を営むユダヤ人のゴルトベルク博士の元で働いていたが、ユダヤ人迫害の影響で仕事が減っていく。仕事は半日になる。恋人のハインツの紹介で、第一次世界大戦で航空隊少尉として活躍した作家のブライ氏のためにタイプライターを打つ仕事を得る。ブライ氏の勧めもあってナチ党に入党する。やがてタイピングの腕を買われてラジオ局、宣伝省と転職してゲッベルスの秘書となる。
ポムゼルはたとえば反戦チラシを配布したという理由で処刑されたショル兄妹についての書類を預かったこともあったし、ソ連軍にレイプされた女性の数が水増しされて公表されたことも知っていた。だが、強制収容所で何が行われていたかは戦後まで知らなかったと言う。ポムゼルにはエヴァというユダヤ人の親友がいて、迫害のために困窮していたエヴァのために仲間で助け合った思い出を語る。だが、1942年、まだ自由の身だったエヴァがポムゼルの職場に来たいと言った時は、職場に来ることを断ったと言う。その時期にドイツが作った謎めいたプロパガンダ映像では、強制収容所でなくゲットーに住むユダヤ人たちが痩せこけて死んで次々と埋葬されていく。この映像はユダヤ人の惨状の責任を彼ら自身に押し付けようとしたのだろうか?
ゲッベルスと私の結末:ゲッベルスの最期と戦後
1945年、ヒトラーの誕生日の翌日ポムゼルたちは防空壕へ避難する。そこで仕事を続けていたが、やがて、ゲッペルスの副官だったシュヴェーガーマン少尉によってヒトラーが自殺したことを告げられる。翌日、少尉はゲッベルスも自殺したことを告げる。ゲッベルスの妻や子供も同じ運命だった。
ソ連軍に拘束されたポムゼルは5年間各地の収容所に収監されていた。釈放後はラジオ局で働いた。
彼女は自分に罪があるとは思わないと言う。だが、ナチ党に政権を掌握させてしまったドイツ国民全員には責任があり、自分もその一人だと言う。
2005年、ポムゼルは初めて、親友だったエヴァ・レーヴェンタールの記録を調べる。1943年にアウシュヴィッツ強制収容所に移送され1945年に死亡したことを知る。
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