世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカの紹介:2018年アルゼンチン, ウルグアイ, セルビア映画。国家元首でありながらも質素な生活を送り、「世界でいちばん貧しい大統領」と称された南米ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカの半生と足跡を辿るドキュメンタリーです。政治闘争に明け暮れた若き日、そして大統領に就任してからの政策などを振り返っていきます。
監督:エミール・クストリッツァ 出演者:ホセ・ムヒカ、ルシア・トポランスキー、エレウテリオ・フェルナンデス=ウイドブロ、マウリシオ・ロセンコフ、エミール・クストリッツアほか
映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」解説
この解説記事には映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカのネタバレあらすじ:起
南米ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカは国家元首でありながらも贅沢には走らず、質素倹約な暮らしを続けていることから、「世界でいちばん貧しい大統領」と世界中で評判になった大統領です。
2010年に大統領に就任したムヒカは任期満了の2015年まであと1年に迫った2014年、本作の監督であるエミール・クストリッツアのインタビューに応じることになりました。ムヒカは自宅の庭にクストリッツア監督を招き入れ、これまでの波乱に満ちた半生を語り始めました。
“ぺぺ”との愛称で呼ばれるホセ・ムヒカは1935年にウルグアイの首都モンテビデオ郊外で生まれました。19世紀にブラジル帝国から独立したウルグアイは政情不安が長らく続いていましたが、ムヒカの幼少期である1940年から1950年代にかけてようやく政治・経済が安定し、やがて「南米のスイス」と称されるほどの安定した民主主義国家へと成長を遂げました。ところが、ムヒカが成人する頃にはウルグアイは再び政情不安に陥り、1959年に勃発したキューバ革命の余波を受けることとなりました。
世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカのネタバレあらすじ:承
若き日のムヒカはキューバ革命の影響を受け、1960年代には都市型ゲリラ組織に参加して政治闘争にのめり込んでいきました。ムヒカが後に妻となるルシア・トポランスキーと出会ったのは武力闘争に明け暮れた激動の時期でした。ムヒカはルシアとの出会いについて、「パートナーはお互いにとっての緊張状態からの避難場所だ」と振り返りました。
やがて1973年に勃発したクーデターによってウルグアイに軍事独裁政権が誕生し、ムヒカは政治犯として逮捕されました。ムヒカは約13年間にわたって獄中生活を強いられました。その間、ムヒカは国内の刑務所を移動させられるなどの酷い扱いを強いられました。ムヒカは当時のことを振り返り、この13年間で今現在の自分の考え方の全てを培ったと語りました。そしてムヒカはこの経験がなければ、自分は成果主義で短絡的で尊大な人間になっていただろうと振り返りました。
1985年、軍事政権が崩壊するとともにムヒカは出所しました。そして左派政治団体に加わり政界入りを果たしたムヒカは2005年に誕生したウルグアイ史上初の左派政権に農牧水産相として初入閣し、そして2009年の大統領選に勝利してウルグアイ第40代大統領に就任しました。任期は2010年から2015年までの5年間です。
世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカのネタバレあらすじ:転
大統領となったムヒカは報酬の大半を自ら設立した財団に投じており、いずれ自分の財産の全てを財団に寄付する予定だと語りました。
ムヒカが任期中には実施した政策のひとつとして挙げられるのは、貧困層の多い地区に住宅を建て、建物の修復や下水道の整備なども併せて行う「会社福祉住宅計画」です。ムヒカが報酬の7割を投じてまで行うこの政策について、ムヒカは「貧困層が住宅を購入するのは困難であり、そして貧困地区には子供が多い」と思いを語りました。
この政策によって1500戸の家が建てられ、86の家族に家が与えられました。簡素なプレハブではなく安心して暮らせる住宅を与えられた人々は口々に、子供たちは雨の日も家で濡れることなく過ごせること、そしてムヒカは子供のために働くシングルマザーなど弱者のための政治を行ってくれていることに感謝の言葉を口にしていました。
ウルグアイの貧困率はムヒカが大統領に就任する以前の9年前では39%でしたが、ムヒカの就任後は11%までに下がり、これまで学校に通えなかった子供たちも学校に通えるようになりました。
世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカの結末
ムヒカが掲げた政策のうち、本作ではもうひとつ「農業学校の設立」を取り上げていきます。ムヒカは開校式に出席し、スピーチで「学校ひとつではで世界は変えられないが、変えるためには沢山の学校が必要だ」と訴えました。ムヒカは自身の政策について「貧困層には花の育て方を教えるべきだ。お金があれば人は花を買う。富の分配だ」と狙いを語りました。
2015年。ムヒカは任期満了を迎えて大統領職を勇退することになりました。退任式の当日、ムヒカはいつもの着慣れたスーツに身をまとい、愛車である水色のフォルクスワーゲン・ビートルに乗って式場へと向かいました。道中では国民がムヒカのもとに押し寄せ、ムヒカは「資本主義では解決しない。別の道を探さねば。それも積極的に」とウルグアイのこれから進むべき道を語りました。
ムヒカは会場に押し寄せた沢山の国民を前に退任スピーチに臨み、「人生が2回あったら、どちらも皆さんの闘いを支えるために使います。それは人生を愛する最良の道です」と語りかけました。ムヒカは国民から歓声を受けました。そして任期を全うしたムヒカは自宅に帰り、苦楽を共にした妻ルシアと町の小さなレストランで乾杯を交わしました。
以上、映画「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」のあらすじと結末でした。
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