エディット・ピアフ~愛の讃歌~の紹介:2007年フランス,イギリス,チェコ映画。「そして『愛』は歌い継がれる…愛を生きた世界の歌姫 涙と喝采の物語」と、『愛の賛歌』『バラ色の人生』など数々の名曲を歌ったフランスの偉大なシャンソン歌手エディット・ピアフの47年の波瀾の人生を綴った感動の伝記ドラマです。劇中での歌のほとんどがピアフ自身の歌声が音源となっています。第57回ベルリン国際映画祭出品作品で、アカデミー賞主演女優賞・メイクアップ賞、セザール賞主演女優賞・撮影賞・録音賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞、英国アカデミー賞主演女優賞・衣装デザイン賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞女優賞など多数の賞を受賞した傑作です。
監督:オリヴィエ・ダアン 出演:マリオン・コティヤール(エディット・ピアフ)、シルヴィー・テステュー(モモーヌ)、パスカル・グレゴリー(ルイ・バリエ)、エマニュエル・セニエ(ティティーヌ)、ジャン=ポール・ルーヴ(ルイ・ガション)、ジェラール・ドパルデュー(ルイ・ルプレ)、クロチルド・クロ(アネッタ)、ジャン=ピエール・マルタンス(マルセル・セルダン)、カトリーヌ・アレグレ(ルイーズ)、マルク・バルベ(レイモン・アッソ)、カロリーヌ・シロル(マレーネ・デートリッヒ)、マノン・シュヴァリエ(エディット・ピアフ 5歳)、ポリーヌ・ビュルレ(エディット・ピアフ 10歳)、ほか
映画「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
エディット・ピアフ~愛の讃歌~の予告編 動画
映画「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」解説
この解説記事には映画「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
エディット・ピアフ~愛の讃歌~のネタバレあらすじ:起・貧しい日々
1918年、パリのスラム街ベルヴィルの貧しい家庭に生まれたエディット・ジョヴァンナ・ガションは、3歳になりました。「生きるために歌ってるのよ」母アネッタは路上で歌い、日銭を稼ぐ毎日でした。父ルイも大道芸人で貧しく、まだ幼いエディットを養う経済的余裕はありませんでした。
間もなくエディットは母方の祖母に預けられます。しかし、彼女はエディットを忌み嫌い、育児を拒否します。そんな状況を知った父は、ノルマンディーで娼館を経営していた自らの母親のもとに、エディットを預けるのでした。祖母の娼館に預けられたエディットは、うら若い娼婦ティティーヌたちから可愛がられ、束の間の安らぎを得ます。
そんなある日、エディットの目を突如、漆黒の闇が覆います。虚弱体質からの角膜炎でした。失明の危険もありました。心配したティティーヌはエディットを連れ、聖テレーズへ巡礼に行きました。そして、7歳になったある日、奇跡が起きます。エディットの視力が回復したのでした。
やがて兵役から戻った父にエディットは半ば強引に引き取られます。父ルイはサーカス団の一員となりますが、長続きしませんでした。路上で大道芸を披露し、日銭を稼ぐ父との貧しい暮らしが始まります。そんなある日、父の手伝いをしていたエディットは、観客の要望に応え、戸惑いながらも初めて歌声を披露します。フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』をエディットは歌います。その素晴らしい歌声に観客たちは聞き惚れ、賞賛しました。エディットはこうして人前で歌うことを覚えたのでした。
エディット・ピアフ~愛の讃歌~のネタバレあらすじ:承・スターへの階段
そして1935年、エディットは父のもとを離れ、親友モモーヌと共に、ストリート・シンガーとして日銭を稼いで生活していました。そんなある日、エディットに大きな転機が訪れます。パリ市内の名門ナイトクラブ「ジェルニーズ」のオーナーであるルイ・ルプレにスカウトされたのです。「スズメみたいだな。“ピアフ”も“スズメ”の意味だろ?」改めて歌声を聞いたルプレは、エディットに「ラ・モーム・ピアフ」という名を与え、デビューさせました。デビューするやいなや、エディットの抜群の歌声は脚光を浴び、彼女は瞬く間にスターへの階段を駆け上っていきました。
一躍時の人となったエディットは、フランスの社交界でも人気の的となります。エディットはこれまでにない贅沢な暮らしが満喫しますが、それも長くは続きませんでした。翌36年、エディットを見出したルプレが何者かによって殺されてしまったのです。「あんたのせいよ!死神」生きていくために仕方なくギャングと付き合いがあったエディットに、殺害の共犯者という容疑が真っ先にかかりました。「私は無実よ」エディットは涙ながらに訴えました。しかし、闇社会と繋がりがあったというスキャンダルは、恰好のマスコミのネタとなりました。「おしまいよ。私は泥だらけ」エディットは後ろ盾を失い、失意に暮れる日々を送ります。
そんなどん底の日々を送るエディットを救ったのは、著名な作曲家レイモン・アッソでした。「歌が生きていない!」「私は歌を知ってるわ。9歳から歌ってるのよ」「思い上がるな。今の歌に満足するな。歌の代弁者になって、その歌を生きるんだ」アッソはエディットに本格的な歌唱法を叩き込みました。「一本調子で躍動感がない。演じることは芸術だ。観客の心をつかめ。この手で」アッソから厳しい特訓を受け、復帰コンサートを開いたエディットは見事、フランスのシャンソン界にカムバックを果たします。
エディット・ピアフ~愛の讃歌~のネタバレあらすじ:転・円熟と退廃
「ピアフ、大成功」「路地裏の歌手がスターに」「パリの“子スズメ”が脱皮」「“子スズメ”は死んだ。エディット・ピアフ万歳!」見事なカムバックを果たしたエディットは、各方面から絶賛され、その人気は世界的なものとなります。第2次大戦後の47年、エディットはアメリカ初公演に臨み、大女優で歌手でもあるマレーネ・ディートリヒと出会い、知友を結びます。そして、エディットはその年、ボクシングの世界チャンピオンだったマルセル・セルダンと人生最大の恋に落ちます。マルセルには妻子がいましたが、急速に二人は惹かれ合います。禁断の恋の中、エディットの歌声も円熟味を増していきます。
しかし、運命はエディットに再び辛い試練を与えます。49年、マルセルの乗った飛行機が墜落してしまいます。最愛のマルセルの死は、エディットは再び失意のどん底に突き落とします。悲しみの中でも、ピアフはステージに上がります。そこでエディットは代表作となる『愛の賛歌』を歌い、大きな喝采を浴びます。エディットはその後も名曲を歌い続けました。しかしその一方で彼女は酒とドラッグに溺れていきます。その廃退的で破滅的な生活は、確実にエディットの命を蝕んでいきました。
エディット・ピアフ~愛の讃歌~の結末:不滅の歌声
1960年、パリの「オランピア劇場」のステージにエディットは立ちます。そこはエディットが初めて名声を得た想い出の場所でした。シャルル・アズナヴール、ジャン・コクトー、イヴ・モンタンといった錚々たるファンが訪れていました。衰弱し切り、ようやく立てるという体調のエディットは、死力を振り絞りますが、ステージを中断してしまいます。「客を帰してくれ」「戻るわ」「自殺行為だ。入院しないと」「イヤよ。舞台に出して。歌うしかないの…」エディットは泣きながら訴えます。そして、再びエディットはステージに上がりました。エディットは『パダン』を熱唱し、ついにその途中、力尽き、倒れてしまいました。
そのままエディットは病院に運ばれ、入院生活に入りました。エディットの身体は酒とドラッグで蝕まれ、衰弱し切っていました。そして1963年、エディットは47歳の短い生涯に幕を閉じました。
「いえ、後悔してない。私は何ひとつ後悔してない。私に起きた良いことも、悪いことも、私には同じこと。…代償を払って、過去は清算した。もう忘れ去ったわ。私には過去なんてどうでもいいこと。…過去の恋は清算した。震える想いと共に、永遠に追い払った。まだゼロからやり直そう。…私の人生、私の喜びは今日から始まる。あなたと共に始まるのよ」エディットは亡くなりましたが、彼女の力強く美しい歌声は、今も人々の心の中に生き続けています。
以上、映画「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」のあらすじと結末でした。
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