異端の鳥(別題:ペインテッド・バード)の紹介:2019年チェコ,ウクライナ,スロヴァキア映画。第二次世界大戦中、ナチスのホロコーストから逃れるために、たった一人で田舎に疎開したユダヤ人の少年。家を失い辺境の地で想像を絶する大自然と熾烈な格闘をしながら家に向かって歩き始める。 しかしそんな少年を待ち受けていたのは、少年を異物だと徹底的に攻撃する『普通の人々』。差別と迫害を受けつつも力強く生きぬく姿を赤裸々に描いた。原作は自身もホロコーストの生き残りであるポーランドの作家イェジー・コシンスキの「ペインティッド・バード」。ポーランドでは発禁書となり、自身ものちに謎の自殺を遂げた『いわくつきの傑作』。ヴァーツラフ・マルホウル監督は最終的に11年もの歳月をかけて映像化。舞台となる国や場所を特定されないように作中使われる言語は、人工言語「スラヴィック・エスペラント語」を採用。ヴァネツィア映画祭で上映されると、少年の置かれたあまりに過酷な状況が賛否を呼び途中退場者が続出。しかし同時に10分のスタンディングオベーションを受けた。モノクロームの映像美もみどころのひとつ。
監督:ヴァーツラフ・マルホウル 出演:ペトル・コトラール(少年ヨスカ)、ウド・キアー(ミレル)、レフ・ディブリク(レフ)、イトカ・チュヴァンチャロヴァー(ルドミラ)、ステラン・スカルスガルド(ハンス)、ハーヴェイ・カイテル(司祭)、ジュリアン・サンズ(ガルボス)、バリー・ペッパー(ミートカ)ほか
映画「異端の鳥」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「異端の鳥」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
異端の鳥の予告編 動画
映画「異端の鳥」解説
この解説記事には映画「異端の鳥」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
異端の鳥のネタバレあらすじ:起
第二次世界大戦下の東欧のどこか。ユダヤ人の少年はホロコーストを逃れるためにたった一人で田舎のとある老婆の元へ預けられていました。この地域の人々とは違う肌や目の色の少年は、異質な存在として隣人から疎まれていました。村の子供たちが少年の犬を生きたまま焼き殺しても、老婆はたった一言「お前が悪い」と言うだけ。味方のいない辛い日々の中でも、少年はいつか両親が自分を迎えに来てくれるだろうと信じて過ごしていました。
そんなある朝、少年が目覚めると、老婆は椅子に座ったまま冷たくなっていました。少年は驚き、ランプをとっさに落としてしまい、あっと言う間に家は炎に包まれてしまいました。住むところも身寄りもなくした少年はあてもなく、辺境から歩きだしました。
やっとたどりついた村では、少年は容姿や身なりから“悪魔”と呼ばれ、大人たちから袋叩きに遭います。それを止めたのは占い師の老女オルガでした。少年はオルガの助手として病気や怪我をした村人たちへの怪しげなまじない治療を手伝います。
淡々と仕事を手伝う少年でしたが、ある日、生死をさまようほどの高熱を出してしまいます。オルガは少年の病を治すために首から下を土に埋め一晩放置しました。翌朝、少年の周りに無数のカラスがやってきて、餌食として頭をつつき始めました。間一髪のところでオルガが到着し、カラスを追い払いました。いつの間にか熱は下がっていました。
しかし、オルガとの生活は長く続きませんでした。少年は村人に脅され、川に落とされてしまいました。穏やかな水流が少年を遠くへ運んでいきました。
異端の鳥のネタバレあらすじ:承
気が付くと少年は、ミレルという無口で短気な男に助けられていました。ミレルの他に妻と若い使用人の男が同居する家でした。ミレルは非常に嫉妬深い男でした。妻と使用人の男との不倫を疑い、日常的に暴力をふるっていました。ミレルの懐疑心は日に日に増していき、ついに限界を越えます。発作的に使用人の男の両目をスプーンでくり抜き、家からつまみ出してしまいました。
身の危険を感じた少年は、夜が明ける前にそっと家を出ました。
次に少年はレッフという、鳥を売る男と出会います。レッフにはルドミラという若い恋人がいました。しかしルドミラはレッフ以外にもたくさんの男と関係を持っていました。
ある日、レッフが遊びでペンキを塗った小鳥を空へ放しました。群れと合流しようとする小鳥でしたが、色を塗られた小鳥は異質な存在。群れはこの一匹を突つき、羽を傷つけられ無残な姿で地面に落ちました。これを見た少年は胸騒ぎを感じました。
少年の予感は的中しました。
村の少年たちをそそのかしたルドミラは、彼らの母親たちから集団リンチを受けました。それはルドミラの命が尽きるまで続きました。さらに、レッフもそのあとを追って首を吊ってしまったのです。
少年はまた1人になってしまいました。籠の中の鳥たちを空へ放すと、その地を後にしました。
異端の鳥のネタバレあらすじ:転
少年が次に足を踏み入れた村では、粗野なコサックの男たちによる宴会が行われていました。その中の一人に目を付けられた少年は、無理やり拘留されたのち、ドイツ軍へ差し出されました。ドイツ軍の将校は少年を殺害する志願者をつのり、年老いた兵士ハンスが名乗りをあげ、少年を連れて線路を歩かせます。やがて線路の終点まで来ました。
ハンスは銃を構えました。しかし、ハンスは少年に逃げろと合図し、銃は空へ向かって撃たれました。
次に少年は心優しい司祭に拾われ、侍者として教会に仕えることになりました。しかし、そんな安らぎも長くありませんでした。司祭は病に侵されており余命も残りわずかだったのです。残される少年の身を案じた司祭は、信者のガルボスに少年を託します。しかし、敬虔な信者のガルボスの本当の顔は、少年たちを慰み者にする幼児性愛者でした。来る日も来る日も営みは続きましたが、仕打ちを恐れて司祭に告げることができません。虐待が続き心も身体も極限に達した少年は、ついにガルボスを無数のネズミが蠢く穴倉に突き落としました。
いつしか少年は自分の名前すら言うことができなくなっていました。吹雪く中、大雪原をさまよう少年はついに力尽き倒れてしまいます。
凍死寸前のところを助けてくれたのはラビーナという若い女でした。彼女は年老いた男と暮らしていましたが、やがて男は死んでしまいます。
2人きりになると、ラビーナの性的欲望は少年に向けられました。少年はこれまで感じたことのなかった愛情をラビーナから与えられます。しかしラビーナは大人としての機能が未熟な少年に、次第に飽きて辛く当たり始めます。ついにラビーナは山羊の性器で満たすまでになっていました。
少年の心に激しい憎しみと怒りの衝動が育っていきます。
山羊を殺し、頭部をラビーナの寝室へ投げ入れると、荷物を持って家を後にしました。途中、通りすがりの男を襲い、身につけているものを奪う少年の顔は、これまでとは違う恐ろしい表情へと変わっていました。
異端の鳥の結末
その後、少年は戦災孤児としてソ連軍の駐屯地で保護されました。狙撃兵のミートカは寡黙で難しそうな性格でしたが、言葉を発することができない少年に同調するかのように、何かと面倒を見てくれました。ミートカは少年に力強く生きる術を教え、別れる際には拳銃をプレゼントしました。ソ連軍は去っていきました。
ついに戦争が終わりました。少年は孤児院に引き落とられ、戦災孤児たちと共同生活を始めました。しかし子供たちと打ちとけることができず、重く暗い瞳で孤立している少年は、数年前の純粋でか弱い少年とは別人でした。ユダヤ人と罵られれば、躊躇なく報復をする人間へと変わっていたのです。
そんなある日、ある男が少年を迎えに来ました。
「母さんが待っている家に帰ろう」
迎えに来たのは父親でした。しかし、少年は再会に感動することも喜ぶこともできないほど、心が壊れてしまっていました。父親を非難の目で睨みつけることしかできませんでした。
バスに乗せられ隣で居眠りをする父親の腕には、ユダヤ人を判別するための番号が刻まれていました。父親も同じく大変な目にあってきたのです。
少年は少しだけ緊張がほぐれた表情になりました。そして車窓に指でなぞりました。少年の名前“ヨスカ”と。
以上、映画「異端の鳥」のあらすじと結末でした。
「異端の鳥」感想・レビュー
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「異端の鳥」をノーカットの(英語字幕版)で鑑賞した。まず最初に、ヴァーツラフ・マルホウルが11年の年月を費やして完成させたこの「歴史的な大作」に心からの敬意を表したい。この作品は全人類が共有すべき普遍性を有した、空前絶後、唯一無二の「大傑作」である。ロシアで起きた「ポグロム」(ユダヤ人への壮絶な迫害)とナチスによる「ホロコースト」の挟み撃ちなどのユダヤ人が背負わされて来た十字架。また地政学的なリスクや生まれ持っての宿命など、人間は何人(なんぴと)たりとも人種や民族的なアイデンティティを選択することができない。この映画を観ていて我が胸には様々な歴史的悲劇の断片が去来した。この映画で描かれる現実は決して過去の遺物では無くて、現在も「ウクライナ」や「中国」や「アフリカ」などで起きている人類の受難の現実そのものなのである。人間の歴史は「円環的な時間」で皆が繫がっているから、過去も現在も未来も変わりなく「常に同じ事の繰り返し」なのである。ありのままの現実がリアルに描かれているので、全編を通して台詞が非常に少なく張り詰めた重い空気が漂っている。少女のように繊細でナイーブだった少年は、次第に口を閉ざし心も閉ざしてゆく。この作品は言葉を失い、名前を失い、人間らしい感情さえも失ってしまった少年の余りにも「壮絶で過酷」な現実を真正面から活写している。人間の腹の奥底には醜い欲望の渦が収まっている。その欲望の渦がいったん沸々と湧き上がると収拾がつかなくなる。人間の醜悪な本能と業の深淵は、清らかな存在をも飲み込んで汚物まみれにしてしまう。そして「欲望の渦」の濁流に翻弄され流転してゆく幼い「命の灯」を、モノクロの映像美を通して見事に描き切っている。スクリーンいっぱいに広がる大地の草の海は、時に少年をやさしくしく抱くベッドのようだった。大地に座して、木に登って、線路の上で、無表情な少年の目はただただ空(くう)を見つめるのみ。その少年の目線の先には「虚空」と「絶望」のマトリックス(パノラマ)が口を開けて待ち受けているのである。激しい憎悪と、醜い偏見に晒されて徹底的に打ちのめされる少年。「人生はサヴァイヴァルだ」などと言う、ありきたりの常套句では語り切れない過酷な現実がそこにある。カラスの群れに襲われ糞尿まみれになりながらも、生きることのみに固執する「したたかさ」こそが要求されるである。色情に溺れる女の「バター犬」にさせられたり、悪質なペドフィリアに「菊座を貫かれたり」と、児童性愛の対象として様々な「性的虐待」を受ける幼い少年。この映画は容赦なく徹底的に「リアルな現実」を突きつけて来る。だからこそこの作品では、安易な感情移入や憐みの余地なく本気で現実に向き合うことが要求される。誤解や曲解を避ける為、或いは精神的なショックを鑑みれば(R15₊)の年齢制限はやむを得ない。しかし、できるだけ多くの人々に是非とも「じゅっくりと鑑賞」して頂きたい。ハーヴェイ・カイテルやウド・キアにバリー・ペッパーなどの「渋い名脇役」が素晴らしい仕事をしていた。特に印象に残ったのが、名優のステラン・スカルスガルドが演じたドイツの「老兵」である。老兵は人生の辛酸を舐めて来て達観していた。万事を飲み込んでいるからこそ、老兵は無駄な殺生を避けて少年を逃がしてやったのである。老兵の哀愁を帯びた虚ろな目と、少年に向けられた目配せの絶妙さが、さり気なく人情の機微を描いていた。兎に角、映像がメチャクチャ綺麗でアングルやカットなども完璧で全く申し分なかった。時間を掛けて丁寧に撮られた169分の大作は圧倒的な映像美で我々の「肺腑」を抉ったのである。そしてこの映画の中で安易な答えを用意しなかったマルホウル監督の誠実な態度が誠に立派である。チャプターごとに苦難のエピソードが配された残酷でシュールなおとぎ話にして壮大なる映像の叙事詩。この崇高にして偉大なる傑作映画の「異端の鳥」を見終えてから時間が経てば経つほどに、深くて大きな感動が腹の底から湧き上がり胸いっぱいに浸透してゆくのである。繰り返すが、この作品は空前絶後で唯一無二の「歴史的な大傑作映画」である。期せずして私が入手した英語字幕版(ノーカット)は生涯最高の1本として、今後も繰り返えし鑑賞してゆきたいと考えている。
地獄めぐりの話だと思いますがこういう話があるのだからこの先はどうなったのかと思います。強制収容所から生き延びた少年が天才数学者になってある日ラジオでベトナム戦争の報道を聞いて数学を捨てて生き残り運動という反戦運動をはじめそれもやめて隠遁生活をして消えていったという話がありますがそれを思い出しました。どうも安定したところには居続けることはできない人生というものがあるようです。その数学者のルーツはウクライナのユダヤ人だったと記憶してます。ウクライナはどうなるんでしょう。