西ベイルート [原題:West Beyrouth (À l’abri les enfants)]の紹介:1998年レバノン映画。1975年レバノンでの内戦勃発によって、東西に分断されたベイルート。西はイスラム教、東はキリスト教の統治下となり、深刻な状況に陥った市民、そして学校に通えなくなった少年たちの生活を描く。
監督:ジアド・ドゥエイリ 出演:Rami Doueiri(ターレック)、Mohamad Chamas(オマル)、Rola Al-Amin(メイ)、Carmen Lebbos(ハラ, ターレックの母)、Joseph Bou Nassar(リアド, ターレックの父)、ほか
映画「西ベイルート」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「西ベイルート」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「西ベイルート」解説
この解説記事には映画「西ベイルート」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
【レバノンを知る】
レバノンという国名を耳にして、まっさきにどのようなイメージを抱くでしょうか? 恐らく「レバノンってどこ?」「中東?キナくさいイメージ」と、そもそも何も分からないというのが(特に若者)大半ではないでしょうか。しかしかつてのレバノンは「中東のパリ」と呼ばれる美しい国でした。現在訪れても、ヨーロッパのような街並みに息を飲み、そのほかの多くの中東の国と違い、クリスチャンが多いので西洋の若者と変わらぬミニスカートを履く少女たちにびっくりさせられます。またギリシャ、トルコに近くて、ヨーロッパ(特にフランス)との関わりが深い国であったため、白人としか見えない色白で青い目や緑色の目をしたレバノン人が大勢います。首都ベイルートではアラビア語のほかにフランス語が日常的に使われ、ヨーロッパと変わらぬ映画や音楽、クラブが流行しています。一方ではビールを片手にベリーダンスを踊る若者たちもおり、ハンバーガーを食べるけれども「レバノン料理は世界で一番のグルメ料理!」と自慢する人々も大勢います。まさに東西の文化がまじりあった面白い土地なのですがよく見ると街中のあちこちには銃弾の痕や爆撃された跡地が残っています。満月の下、ベイルートの街を一人トボトボ歩いているとレバノンの歌姫のファイルーツの物哀しい歌声がどこからか聴こえてきます。そんな時ふと思うのが「この国に一体何があったの?」。そんな疑問の答えをみつけるために「西ベイルート」の映画が入門書としてまさにうってつけ。難しい現代史の書物や当時の新聞記事を読むよりもずっと、生々しい「レバノン内戦」の空気が伝わってきます。
【レバノン内戦の始まり】
映画のはじまりはベイルートにあるとあるフランス語学校。そこに通う少年(14歳くらい)がいます。フランス語の私立学校に通っている、ということでなかなかのインテリ&お金のある家庭の息子なんだな、というのが観客に分かります。また少年の名前が「ターレック」なので宗教はモスリムだというのが分かります。少年はいつも親友オマルといつも8ミリのビデオ撮影をして遊んでいます。8ミリビデオ機材を持っているということでも、それなりに裕福な家の子どもなんだというのが伝わってきます。ターレックとオマルは典型的な悪ガキ。不良まではいかないけれども、二人で隠れてお酒を飲み煙草も吸う・・・性格もどこかこましゃくれており、学校では先生のいうことを聞かず、可愛げがない。ようは何ひとつ不自由なく育ち、親に甘やかされヘラヘラにやにやしている恵まれた少年たちです。今の日本にもいますね・・・
私立学校に通っていて月謝代が高い塾に通っているのだけども、塾をさぼって放課後渋谷代々木辺りでプラプラしている、お洒落な髪型をした高校生の坊やたちが・・・
ターレックは学校の先生には嫌われていたけれども、勉強もあまりできなかったけれどもこのままふわふわした感じで10代の時期を過ごしていくはずでした。もし「あの日」が来なければ・・・
【少年の目の前で突然テロリストたちが・・・】
ある時、ターレックはいつものように、年老いた女性教師に反抗的な態度を取ります。カーッときた教師は「もう教室を出なさい、あなたはもう退学です」。ターレックは平然を装いひょうひょうとした様子で教室を後にします。このまま自宅に帰ろうとした時、学校の廊下窓からある不穏な光景を目撃してしまいます。銃を抱えたテロリストらしき男たちが現れて、通りかかったバスを突然襲撃。乗客たちは撃ち殺されました。1975年4月13日のことです。
【内戦で学校に行かなくていい!ラッキー!】
恐ろしい光景を目撃したものの、いまひとつ現実感を持てません。ターレックは学校まで車で迎えに来てくれた母親に「来るのが遅いよ!他の保護者はとっくに迎えに来ているのに」文句をぶつぶつ垂れたくらいでした。車の中の母親と息子のやりとりはアラビア語です。ターレックの母親はワーキングマザーという設定。1973年の時代にワーキングマザー・・・
颯爽とした身なりをみても、非常にリベラルな女性です。その日の夕方、連絡がとれていなかったパパも帰宅。家族全員無事だったと喜びあいます。そしてパパも非常に進んだ考え方をする知識人であることが、一家団欒の会話から伺えます。生意気な少年もこの父親を尊敬し慕いよく従っている、というのも見えてきます。モスリムの一家なのですが、ママは脚を出したスカートを履いており、夕食のテーブルにはワインボトルが・・・
そもそもシリアやエジプト、ヨルダンは違いレバノン・・・
特に首都のベイルートには保守的なモスリムは少ないのですが、この一家も間違いなくモダンな考え方を持っています。決してお金持ちアピールをする台詞はないものの、さり気ない小道具や仕草、発言、身なりから「都会に住む上流階級に属する一家」というのが見事に描かれています。翌朝、両親が二人揃って車でターレックを学校まで送り届けようとします。「え、僕さあ退学って先生に言われているんだけど?」学校に行きたくなくて勉強が嫌いなターレックは不服です。しかし両親は「学校に行かなければだめ!」。車の中でママが手に取り目を通す新聞・・・フランス語新聞とアラビア語新聞両方・・・
運転中、唐突に軍人らしき男に車を止められます。なんとつい先日まで存在していなかった検問所でした。「IDを見せろ」IDに記載された名前ですぐにターレック一家はモスリムと判明してしまいました。すると「モスリムはこれ以上先に進めない。お前たちは引き返せ」と検閲官に命令されてしまいます。「いつもここを通ってる。自分たちはここで生まれ育った無害な一般市民だ」パパは大反論しますが、まったく聞いてもらえません。大人の両親は「この事態は異常だ・・・」と青ざめますが、まだ14歳くらいの息子は「やった、学校に行かずにすんだ!」と大万歳。
【休暇感覚とゲーム感覚が次第に恐怖感覚に】
内戦(PLO,イスラエル、シリアが絡んでいるので「戦争」と呼ぶべきだという意見もあります)は日増しに激しくなります。防空壕で、あるおばさんが「外では爆弾ばかりで、中に入ると煙ばかりで」とぼやくシーンがあります。実際に戦争を体験した人間にしか分からない台詞でしょう・・・
時勢の激しい悪化と共に、仲が良かった両親も緊張とストレスと不安から言い争いをするようになります。ママは国外に逃げようと言い出します。しかしパパはこの街に留まろう、と反論。「我々を歓迎してくれる国なんかどこにもない。レバノン人全員テロリストと思われているんだぞ」ママは反論できず、泣きじゃくる・・・
実際よくあることで、祖国では大学教授、医者、ジャーナリストといったそれなりの肩書を持っていた人々が、亡命先の国ではブルーカラーの職業にしか就けず自尊心がズタズタになり、しかも「お前の国はテロリストしかいないんだろう」と罵倒される・・・
ターレックは同じ建物に住むクリスチャンの女の子マイとも親しくなります。でも二人は宗教が違います。そのことにより色々ややこしいことがおきます。近所の人々の様子は不穏なものになっています。互いに罵り合い、争いが増え、疑心暗鬼になっていき、結局次々に街を離れていきます。ターレックのママもベイルートを捨てよう、と懇願を続けますが、パパは頑として首を縦に振りません。ママはヒステリックになっていき、ますます家の中の空気はめちゃめちゃになっていきます。教養も品もある理想的な夫婦に見えたのに、こういう事態に陥ると実は二人三脚で協力しあい励まし合って助け合うことができない・・・
学校もいつまでたっても再び開きません。街中は毎日銃撃戦に爆弾・・・
にやついていたばかりのターレック少年の表情がガラリと変わっています。(見事な演技です!)いつの間にか少年とは思えない、うつろで不安で疲れたものになっています。あれほど嫌でたまらなかった学校が恋しくさえなります。ついこの間までの退屈で平凡な学校生活を欲します。映画の最後は主役のターレックが涙を流して止まらなくなる、というところで終わります。
部屋の片隅の暗いところで静かに泣き続けます。泣いている顔はアップにならないので、その表情はよく分かりません。しかし肩を震わせて手で涙を拭っています。将来の先がまったく見えない不安さ、これからもずっと戦争が続いていくのだな、という暗示になっています。
【戦争映画というより青春映画】
ラストシーンを聞くと、救いのない悲しい映画だという印象を受けますが、ターレックと友達のオマルやマイとのちょっとした「冒険」エピソードなりも盛り込まれており、戦争映画というよりむしろ青春ものです。現代史として、実際にハッピーエンドを迎えたわけの戦争ではないので、この映画もめでたしめでたし、という結末を持ってくるわけにはいきません。ならばせめて、ということで前半から中盤にかけては明るくコミカルな場面を多く用意したのでしょう。昔の映画なので、テンポは決してスムーズではなくまどろっこしいシーンもありますが、ターレックを演じた少年の演技が素晴らしく、ベイルートの上流階級の家庭の雰囲気を垣間見ることもできます。そもそもベイルート内戦を一般市民である少年の目から描いた映画、ということだけで非常に貴重です。ぜひDVD化して大々的に取り上げて欲しい映画です。10代の必読書といわれている「ライ麦畑でつかまえて」は読まなくてもいいから、そのかわり中高校生はこの映画を見るべきだと思います。戦争によって少年が短期間で大人にならざるをえなくなったという、非常に多くのことを考えさせられる名作です。
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