愛を読むひとの紹介:2008年アメリカ,ドイツ映画。15歳のマイケルはその21歳年上のハンナと第二次世界対戦後のドイツで出会い恋をします。朗読を好むハンナに、マイケルは様々な本を朗読して聞かせますが、ハンナはある日姿を消してしまいます。大学に進学したマイケルは、被告人席にたつハンナを見つけます。ナチスの強制収監所の看守として働いていたハンナが、ある秘密を持っていたことにマイケルは気づきます。
監督:スティーヴン・ダルドリー 出演:ケイト・ウィンスレット(ハンナ・シュミッツ)、レイフ・ファインズ(マイケル・バーグ)、デヴィッド・クロス(青年時代のマイケル・バーグ)、レナ・オリン(ローズ・メイザー/イラナ・メイザー)、アレクサンドラ・マリア・ララ(若き日のイラナ・メイザー)、ブルーノ・ガンツ(ロール教授)、ほか
映画「愛を読むひと」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「愛を読むひと」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
「愛を読むひと」予告編 動画
映画「愛を読むひと」解説
この解説記事には映画「愛を読むひと」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
「愛を読むひと」ネタバレあらすじ:起
第二次世界対戦後のドイツ、15歳のマイケルは路上で体調を崩していたところを、近くのアパートに住むハンナに助けられます。黄疸にかかっていたことが分かり、自宅で休養していたマイケルは、回復後お礼を言うためにハンナのアパートを訪れます。それからというもの、21歳年上のハンナのアパートへ頻繁に訪れるようになり、体の関係を持ちます。また、ハンナが朗読をすることを頼み、マイケルは学校で習った本の朗読をするようになります。
「愛を読むひと」ネタバレあらすじ:承
マイケルはハンナと小さな旅行に出かけたりと、ハンナに様々な本を朗読し、楽しい日々を過ごします。そんなある日、車掌として働いていたハンナは事務職への昇進が決まります。ハンナはアパートから引越し、マイケルの前から姿を消してしまいます。ハンナのことを引きずりながらもマイケルは、それ以後彼女を街で見かけることもなく、大学の法学部へと進学します。
「愛を読むひと」ネタバレあらすじ:転
法学部のゼミのために、アウシュビッツ裁判を傍聴するために、マイケルは裁判所を訪れます。ナチス戦犯として、被告人である強制収容所の元看守たちのなかにハンナを見つけます。他の看守に罪の責任を押し付けられたハンナは、筆跡鑑定を求められますが拒否します。マイケルは、ハンナが自信が一度も朗読をしてくれなかったことや、過去に残した手書きのメモの内容を知らなかったことなどから、ハンナが文盲であり、それを隠すために筆跡鑑定を拒否していることに気づきます。
「愛を読むひと」結末
有罪となったハンナは刑務所に服役し、マイケルは大学卒業後結婚し娘をもうけますが、離婚してしまいます。ハンナを忘れずにいるマイケルは、ハンナへと朗読を吹き込んだテープを送り始めます。朗読のお礼を言うために、読み書きを覚えたハンナから手紙を受け取ったマイケルは刑務所へハンナを訪ねます。ハンナの身元引受人となったマイケルは、ハンナの出所後の生活の準備をしますが、ハンナは出所前日に自殺してしまいます。遺書を受け取ったマイケルは、成長した娘とハンナの墓を訪れ、阪奈との過去を話しはじめます。
初めてこの映画「愛を読むひと」を観た時、この主人公の女性、ホロコーストに関わったハンナという女性が、なぜ最後の選択をしたのか意味を掴みかねていました。
しかし、何度か観るうちに、ハンナの選んだ選択の意味する所を、多少なりとも整理できたように思います。
この物語が持つのは、アウシュビッツのホロコーストに関わった、ドイツ人女性を通して、時代の中で生きる人間が、不可避的に負わざるを得ない苦難だったように思います。
この映画を観ながら、最近、若い世代が口にする、ある言葉を思い出しました。
それは「恥をかいているシーン」を見たり想像したりするのが、「いたたまれない」というものだ。
ケイト・ウィンスレットが演じ、オスカーを獲得した役である主人公ハンナが、人格形成の基底としていたのも「廉恥心=恥」であるように思えます。
この女性が持つ「劣等感」が、歪んだ「愛」と「犯罪」を生んだのだと、説得力のある演技が語っているように見えるのです。
この映画を観て、主人公のマイケルと、ヒロインのハンナとの関係とは、いったい何だったのかと自ら問うてみました。
第二次世界大戦下で、ナチスドイツの親衛隊員であったハンナは、文盲で、それを恥じている。
その羞恥の強さは、異常とも思えるほどで、露見しそうになれば職場から逃走し、その恥が露見するぐらいなら、自ら「アウシュビッツ」の冤罪を被るほどだ。
そこに見えるのは、プライドの強さだと思います。
この自尊心は、自らの文盲という劣等感を糊塗するために、より強く固く、その心を覆ったのではないかと思います。
そんなプライドゆえに、彼女は一種の歪みをその心理に生じさせたのではないだろうか。
ハンナは勤勉に、実直に、その仕事で求められる職分を人並み以上に発揮する。
その一方、15歳の少年を誘惑し、性的な関係を結ぶが、それは愛というよりは、支配欲と呼ぶべきものだったと感じます。
つまり彼女は、自らの劣等感を隠蔽するために、社会的に有用な存在であることを証明する必要があった。
また、対人関係においては、対等の関係性を構築してしまえば、その恥を追求される可能性が生じるがゆえに、恣意的に支配し得る関係しか持ち得なかったのではないか。
そんな彼女の「恥」が生じせしめたパーソナリティーが、貪るように少年の肉体を求めたのは、恥を隠すという自己抑制の日常が、その欲望を深く強くしたのではないかと想像します。
ここに有るのは、劣等感が人をして、勤勉にも強欲にもさせ得るという事です。
さらに言えば、劣等感をして、人格を歪ませ、対人関係に問題を生じせしめるとも語られているようにも見えるのです。
しかし、こう見てくれば、このヒロインのハンナは、マイケルを愛したとはとても言えないと思います。
そんな歪んだ支配を、愛だと信じたマイケルが、成長して家庭を上手く営めなかったのも当然だったと思います。
それは、虐待の連鎖のごとく、マイケルをして、歪んだ人間関係を生じせしめただろう。
更に劣等感の元が「文盲」だという点も、重要だと感じます。
なぜなら、「文盲=識字不能」が意味するのは、書籍の消失であり、「歴史」が過去の事象に関する文書や記録である時、このハンナとは「歴史=過去の記録」を持たない者なのだ。
それは、過去からの言葉を喪った者であり、未来に言葉を残せない者だ。
つまりは、その社会や文化に生育したにもかかわらず、歴史から切り離されたその存在は、一種幽体の如く浮遊し、自らのアイデンティティを確立し得ないのです。
結局、ハンナは、自らが何者かを求めて、勤勉に働き、深い欲望へと向かわざるを得なかった。
しかし、言葉を持たない彼女は、他者との関係性を真に構築する事が出来ない。
ここに現れるハンナという存在が意味するのは、劣等感が人を歪ませ、そのアイデンティティを喪う事で、主観的で独善的な他者の断罪へと繋がるのだと語られているのではないだろうか。
それゆえ、彼女がホメロスの「オデュッセイア」の朗読をせがんだのは、その古典小説がアイデンティティを求める物語だからではなかったか。
そして映画の後半では、ハンナは独学で言葉を学ぶ。
言葉を得た事で自らを、歴史の一部として語り継ぐことが可能になったのです。
言葉を紡ぐ事で、彼女は自らが何者かを知り、初めて他者との関係性を結び得る権利を持ったのだと思います。
しかし、その言葉を託そうとしたマイケルは、そのハンナの願いを拒絶するのです。
それは、独善的で他者を支配するハンナのパーソナリティーを愛の対象としたマイケルにとって、許容し難い変化だったのかも知れません。
マイケルが、ハンナとの対話に応じなかった結果として、ハンナが自ら死を選ぶことになるのです。
それは、物語が語るのが「劣等感=恥」のために、「他者を従属せしめる=コミュニケーションを拒絶」するのが「罪」であるという真理だとすれば、再びラストで象徴的に語ったものだと思えるのです。