永遠のこどもたちの紹介:2007年スペイン、メキシコ映画。空想の友達と遊ぶ息子シモンがある日失踪する。その日を境に家では不審な物音がたえない。そして暴かれた孤児院の悲劇とは?
監督:J.A.バヨナ 出演:ベレン・ルエダ、フェルナンド・カヨ、ロジェ・プリンセブ、マベル・リベラ、モンラセット・カルージャ、エドガー・ビバルほか
映画「永遠のこどもたち」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「永遠のこどもたち」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「永遠のこどもたち」解説
この解説記事には映画「永遠のこどもたち」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
永遠のこどもたちのネタバレあらすじ:姿の見えない、シモンの友達。
孤児院で育ったラウラは結婚後、HIVキャリアの子供シモンを養子に迎え、閉院していた自分が育った孤児院を買い取り、新しく施設として開設しようとしている。シモンはラウラに「友達」と遊んでいると言うけれど、ラウラも夫のカルロスも想像上の友達と遊んでいるのだと思っている。ある日、海岸沿いの今は明かりの灯っていない灯台のある崖のたもとへ向かうラウラとシモン、崖の下には引き潮になると入ることの出来る洞窟があった。ラウラの知らぬ間に、シモンは一人で洞窟の奥まで行ってしまう。夕刻が近づき、満ち潮が始まるとラウラは洞窟にシモンを呼びに行く。するとシモンは誰かと話しているようだった。その名はトマス。しかしシモンが遊んでいた場所には誰もいなかった。帰り道、シモンはトマスが家に来られる目印にと貝殻を置いていった。次の朝、ラウラが扉が明けるとドアの前には貝殻の山が出来ていた。不気味がるラウラの元へソーシャルワーカーを名乗るベニグナと言う女性がやってきて、ここを子供の擁護施設にするのかとラウラに聞きに来た。その夜、物音に起きたラウラは庭の納屋でスコップを持ったベニグナに遭遇、問い詰めようとするも逃げられてしまう。
シモンが友達の絵を描くとその中に顔に被り物をした子供が一人混じっていた。シモンは彼らとしている遊びをラウラに教える。それは、それぞれの宝物を隠しヒントで導くと言うものだった、例えば、砂を見つけ花壇を探るとボタンがあり、ボタンのあった場所に行くとまたそれがヒントになっていると言うもの、二人は順調に進み最後にキッチンの机の鍵に行き着く。シモンが引き出しを開けると、そこはラウラがシモンの養子縁組書類とHIV陽性の診断書を隠していた場所で、共にシモンの宝物のコインが出てくる。ラウラは書類を見られていないか気が気でない。
永遠のこどもたちのネタバレあらすじ:お披露目会で消えたシモンと、現れた友達。
ホームのお披露目の日、シモンはトマスの部屋を見てと言って聞かない。ラウラはやって来た子供たちをもてなさなければならず、シモンを叱り、そのままお披露目会を続ける。改めてシモンを呼びいくと、部屋にシモンはおらず、廊下に頭から麻袋を被った子供がいた。その子供はラウラを浴室に追い詰め閉じ込めてしまう。何とか助け出されたラウラはいなくなったシモンを探し大慌て。階段下にある物置から飛び出してきた鉄材に苛立ち、それらを押し込め物置の扉を閉じてしまう。そして家の中にも庭にも見つからないシモンを探し浜辺へ。そこで彼女は洞窟に人影を見るるが、捜索隊が探しても何も手がかりは見つからなかった。
カルロスはシモンを探して一心不乱になるラウラに自分がつけていた聖アントニウスのペンダントを渡す。その夜、ラウラは水の中を泳ぐ夢を見て、その中で笛の音を聞く。
永遠のこどもたちのネタバレあらすじ:探すうちに明るみに出る真実。
ラウラのもとに、警察でサイコロジストをしているピラールが訪れ、怪しい人物に心当たりは無いかと聞くので、彼女はベニグナのことを話す。まもなく、街中に出たラウラは乳母車を引くベニグナを見つけ、呼び止めると彼女は轢かれてしまう。乳母車の中にはシモンではなく人形がいた。
シモンが見つからないまま半年が過ぎた、ただでさえ常備薬を離せないシモンが生きている可能性は低い。ラウラは霊能者にも助けを借りようと考え、その手の学会に出入りしているうちに霊媒師を紹介してもらい、手がかりを探そうと計画を立てた。そこへ、ピラールから、ベニグナの遺品から彼女がラウラのいた孤児院、つまり現在彼女が新しくホームにしようとしている場所で働いていたと知る。遺品の中にあった古いフィルムを見ると、シモンがいなくなった時に見た麻袋を被った子供を見つける。ベニグナの息子、トマスで顔が崩れてしまっているため、顔に袋を被せ隠し部屋で過ごしていた。そして、ある日、孤児院の子供たちがいたずらで彼を浜辺の洞窟に連れて行き、袋をはがし、素顔のまま出て来いと言って洞窟に置き去りにし、出てくる事を嫌がったトマスは洞窟で死んでしまった事を知る。
その夜、ラウラに誰かが入ってくる。カルロスだと思った彼女がおぼろげな記憶を話していると、部屋にカルロスが入ってくる。びっくりして布団をめくるとそこには誰もいなかった。
霊媒師のアウローラを呼び、彼女が催眠術でタイムトラベルしシモンを探す事に。サイコロジストのピラールも同席。それぞれの部屋には監視カメラが置かれ、マイクも置いてある。しかし、催眠状態になったアウローラは、かつて子供たちのいた寝室へ入っていくと、そこで毒を盛られて苦しんでいる子供たちを見る(暗に息子を殺されたベニグナの復讐)。マイクは子供たちの声と思しき音を広い、部屋につけたカメラは砂嵐になってしまう。危険を感じた霊能者は急いでアウローラの催眠を解く。シモンの行方の手がかりを捜すつもりが、時間を巻き戻しすぎて、この孤児院で起こった惨劇を暴く結果に、ピラールはペテンだと言い、カルロスはこの家を出ようと言う。
次の日、子供たちを迎えようと準備をしていた寝室をラウラが見渡していると、ガラス窓が突然閉まって割れる。その窓辺のベンチは蓋が開くようになっており、あけると、人形が並んでいて、その一つがシモンとラウラの映った写真を持っていた。その写真が入っていたアルバムにはバラの押し花、庭のバラの根元からは布、シモンのクローゼットからはシモンの宝物、シモンの宝箱からはそれまで入っていなかった何かの取っ手が見つかる。家の中にその取っ手にふさわしいものはなく、ラウラは家の中の家具を探る。そのうちにベニグナのしていたブローチが落ちているのに気がつく。そこは釜(炭焼き釜のようなもの)で、中を探ると5人分の子供の骨の入った袋が出てきた。そこにシモンのものはなく、取っ手もどこのものか分からないままだった。
永遠のこどもたちの結末:一人家に残ったラウラの見たもの。
この家を去ると言うカルロスにラウラはちゃんとお別れをしたいといって二日間だけ猶予をもらう。彼女は納屋から昔使っていた家具や、ベッドの部品を取り出し、子供たちの部屋を以前のような仕様にし、自分も大人用の孤児院の制服に身を包み、食卓に人形たちを座らせ、子供たちを迎えようとする。しかしラウラの前に姿を現すことの無い子供たち。ラウラは夜になると子供たちの寝室で昔、皆で遊んでいた、だるまさんが転んだ(スペインでは3までしか数えない)を始める。すると、子供たちが少しずつ自分に近づいてくるのが分かり、続けていると背中をぽんと叩かれ、逃げていく足音が聞こえた。それを追って階段を降りるラウラは、階段下の物置が怪しいと踏んで入ってみる。そこは彼女が以前が無造作に入れた鉄材が入っていて、それを避けながら電気をつけると、壁に隠し扉を見つけ、取手が見事にはまった。それを開け、地下室と思しき場所に入っていくと、そこはトマスの部屋だった。そこで、ラウラはシモンがトマスの部屋を見てと言っていたのを思い出す。物置に鉄材を押し込み中から出られないようにしていたのは自分だった。棚の下にトマスの被り物をした子供を見つける。抱き上げて被り物を取るとシモンだった。シモンは生きていたようにラウラには見えたが、地下室が開けられ、光が入ってくると、シモンは遺体に戻る。ラウラは制服のまま子供部屋の窓辺でシモンを抱きながら、シモンに会いたいと言う。すると、今は光らないはずの灯台に光りが戻る。その光に照らされた庭にいた少女は走ってどこかへ行ってしまった。灯台の光に照らされ、ラウラの腕の中のシモンが、ここでずっと皆の面倒を見て、と言う。ラウラが服薬自殺をはかると寝室のベッドにはかつての子供たちが起き上がってこちらを見ていた。カルロスに貰ったペンダントが外れ床に落ちた。
どれくらい経ったか不明だが、カルロスはラウラと孤児院の子供たちのために庭に墓を建てる。彼は子供たちの寝室に入ると、ラウラに渡していたはずのペンダントを見つける。彼はかすかに微笑み、ペンダントを身に着けるのだった。
————————–
永遠のこどもたちについて:ウェンディになったラウラ。
この物語の中で、シモンが読んでいる絵本・ピーターパンに言及されるシーンがある。大人になってしまったウェンディはもうネバーランドに行く事は出来ない。逆に、この孤児院には過去と現在において「死」と言う形で永遠に大人になることが出来ない子供がいる。ラスト直前、ラウラの周りに集まったかつての孤児院の仲間たちは、ラウラを見てウェンディみたいだと言う。子供たちがいるのはネバーランドではなく死者の世界。大人になったラウラが彼らと一緒にいるには「死」というハードルがある。シモンと一緒にいたいがためにラウラはそれを乗り越えるのだ。死者の側、大人になれないという意味でネバーランドといえる場所にいる子供たちには、ラウラはネバーランドに大人でありながら足を踏み入れたウェンディに見えただろう。また、聖アントニウスのペンダントが落ちた事で、ラウラは本来のキリスト教的な生死観から抜け出したとも考えられる。
単純な幽霊モノかと気軽にみてしまい、結末のあまりの切なさにしばらく感傷的な気持ちを引きずりました。
若い頃はただただヒロインと子供が気の毒で、子を失くす母の辛さは想像では理解しているつもりでしたが、ヒロインがこの世から去ることに納得できませんでした。
しかし、自分も親になって観ると共感できてしまうのが恐ろしいです。
後半のストーリーの急展開がいつまでも心に残る名作です。