映画キャラメルの紹介:2007年レバノン、フランス映画(日本公開:2009年)。レバノン・ベイルートのヘアエステが舞台で、女性たちの感情の交錯を皮肉やユーモアを交えてハートウォーミングに描く。アラブ地域の文化や女性観に縛られ、婚姻や不倫、セクシャルマイノリティや家族の問題などに悩むアラブ社会で生きる女性を描く。
監督:ナディーン・ラバキー 出演:ナディーン・ラバキー(ラヤール)、ヤスミン・アル=マスリー(ニスリン)、ジョアンナ・ムカルゼル(リマ)、ジゼル・アウワード(ジャマル)、シハーム・ハッダード(ローズ)
映画「キャラメル」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「キャラメル」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「キャラメル」解説
この解説記事には映画「キャラメル」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
【はじめに】
岩波ホールで上映が決まった時、さすが岩波だ!
とマニアック映画好きは大喜び。
各国で賞を総なめした話題作なのですが、何しろレバノンの映画。
日本で公開するか否か・・・
それはもうハラハラドキドキしながらつばを飲み込んで祈ったものです(大げさ?)。
唯一の不満が全国で公開されなかったことと、
日本でのキャッチコピーが「中東版セックス・アンド・ザ・シティ」!!(いくらなんでもこれは酷い!!)
決して満場御礼とはならなかったと思いますが、
この映画公開を通して、中東のイメージが大きく変わったであろうということは岩波ホールの大きな功績ではないでしょうか。
【タイトルの「キャラメル」はお菓子のことではない】
タイトルの「キャラメル」はお菓子のキャラメルのことではありません。
中東では女性はむだ毛が一切あってはなりません。
腕、脚、二の腕の脇、女性のデリケートゾーン・・・
つまり頭の髪の毛と眉毛、まつ毛以外のヘアはすべてむだ毛とみなされ、
きれいに処理するのがみだしなみとされます。
個人的な話で恐縮ですが、カイロに数年在住し、中東各国を周ったことのある
私(女)。
ハマーム(銭湯)に行くと欧米ナイズされた海外留学経験がある女性も一般の女性も全員見事につるんつるんの肌をしていました。
忘れられないのがカイロのアメリカン大使館でのあるパーティー。
とても可愛い金髪で青い目のぽっちゃり美女がいました。(ふくよかな方がもてます)
出席者のエジプト人の青年たちはそのアメリカ人の女の子にめろめろで、
彼女を女王蜂のように囲んでちやほやしていました。
ところが
「なんだか暑いわねえ」
とふくよか美女が上着を脱いだ時、白い二の腕がむきだしになりました。
その腕にはびっしりむだ毛が生えていました。
エジプト人青年たちは途端に無言になり、勇気ある?一人の青年が
「なんで剃らないの?dirty(汚い)じゃないかっ!」。
気の強いアメリカ人の女の子とその青年が大口論になったのは言うまでもありませんが、
中東において「美女」とは
「色白」「髪の毛がきれい(できればストレートヘア)」「ちょっとぽっちゃり(巨漢おデブさんがもてることもよくあります)」、そして「むだ毛が一切ないこと」。
【女性はつるんつるんでなければならない!】
さて女性のむだ毛処理はたしなみでありむしろ常識。
一般家庭でも行いますが、美容室でも処理をしてくれます。
(余談ですがかつて「割礼」を施してくれる美容室もありました)
そのやり方はシェーバーで剃るのではありません。
それだと肌を傷めてしまう上、より濃いむだ毛が生えてくるため、
砂糖、レモン汁を浸した水を煮詰め、肌の上に塗ります。
そして乾いたころに一気に剥がします。
このやり方を「キャラメル」と呼びます。
はい、痛いです激痛です。とくにデリケートゾーンなんて想像を絶する痛さで
思わず叫んでしまいます。
しかし次第に慣れてくる上、あまりにも安全できれいにむだ毛処理ができるため、
何度か繰り返すとこのやり方しか考えられなくなるほど。
またそれなりに時間がかかるため、一般の家庭に女が集まってむだ毛処理をする場合、そこは井戸端会議場にもなります。
「キャラメル(砂糖とレモン汁の煮汁)」を相手の女性の身体に塗りながら、熱くて甘ったるいシャイ(紅茶)を飲みあれこれ噂話や夫と姑の悪口、子どもの悩み、親戚の娘の縁談相談などに高じます。
恐らくこういう文化背景を知っていたほうが、より映画「キャラメル」を楽しめるのではないでしょうか。
【「砂糖の女たち」の登場人物】
アラビア語の原題は: Sukkar Banat。
直訳すると「砂糖の女たち」。
意味わからないと思いますが、美しい女性を見ると男性はアラビア語で
「君はスッカル(砂糖)だ」「アーサル(はちみつ)だ」「エシタ(脂肪)だ」と褒めます。
古代エジプトでは美人をみると
「あなたの瞳は牛の目のようだ」
と「褒めた」といいます。
古代エジプト教のハトホル女神もよく牛の形で表されています。
よってむだ毛処理で使用する砂糖と、
「美しい」と両方をかけて「砂糖の女たち」というタイトルになったのではないかと思います。
ヒロインは四人います。(ここから「中東版セックス・アンド・ザ・シティ」のキャッチコピーがついたのでしょう)
四人のうち三人はベイルートにある美容室で働いています。
一人はオーナーのラヤール。30歳で独身。
日本・・・特に都会だと30歳の女性が独身というのはまったく珍しくありません。
しかし中東では完全な行き遅れ。
アラビア語の表現で
「電車が行っちゃった」というのがあります。
20歳で独身だと「電車に乗り遅れて・・・お嫁に行きそびれて」という意味です。
いくら中東でも20歳という若さで女の子はみんな結婚すべし、という考えはさすがに薄れているものの、婚約くらいはしているものです。(簡単に婚約はします。そして簡単に破棄するのでデートする言い訳のようなものでとりあえず婚約だけ正式にしておく、ということが多いと思います)
先進的で欧米の影響を色濃く受けているベイルートとはいえ、30歳で独身だという女性はそうはいないのではないでしょうか。
しかもラヤールは既婚者と付き合っています。
日本でも不倫というのは相当後ろ指を指されますが(とはいうものの実際の数は多いそうですネ)、中東ではもっと大変。少なくとも女性の方が既婚者であるならば「名誉犯罪」(一族の名誉のために夫や女性の家族が殺害する。法律上禁止になっているものの、多くの地域でいまだに行われているといいます)。
ラヤールは不倫のことを誰にも言えません。しかし職場の女性たちはとっくに気が付いています。
シャンプー担当のスタッフのリマはレズビアンで、あるミステリアスな女のお客に深く心を奪われます。シャンプーしている間もドキドキです。
ちなみに同性愛というのはイスラム教ではとんでもないことです。
国によっては同性愛者は死刑にもなります。(ちなみにこのことを新宿二丁目のゲイ男友達に話すと、「命がけの恋!?素敵!!」と言いました・・・・)
カット担当のニスリンには婚約者がいます。結婚も決まり薔薇色のはずなのですが、大きな悩みがあります。処女ではないことを隠しており、それが重い影を心に落としています。
中東のイスラムの国々の多くでは、未婚女性の処女性というのは非常に重要視されています。
独身女性でも性欲はあるわけで、ぎりぎり際どいところまで恋人をいちゃいちゃするところまでで我慢する、もしくは最後の一線を越えてしまったけれども結婚前に処女膜再生手術を受けるという話はよくあります。
印象的に残っているのは、今から20年ほど前エジプトの新聞に載ったある事件です。
あるカップルが結婚した、しかし初夜に新妻が出血しなかった。
通常は鳩の死骸をこっそり用意し、夫に分からぬように白い布に鳩の血を付けます。
鳩の血と女性の出血の色はよく似ているのだそうです。
ところがその女性はまさか自分が出血しないとは夢にも思わず、鳩を用意していませんでした。
「血がでないのか!お前は処女じゃなかったのか!」
カーッときた新郎が妻を殺し遺体をナイル川に流しました。
夫は逮捕されました。殺害された奥さんが処女であったことも判明したそうです。
つまりすべての処女が初夜に出血するとは限らない、ということを知らなかった新郎の無知による勘違いから起こった悲惨な事件でした。
しかし判決では「出血しないことに激怒したのはやむをえない」と加害者に同情し夫の男性はさほど重い罪には問われませんでした。
ベイルートはエジプトのカイロよりずっと開けているモダンな都市ですが、しかしそれでも処女ではないことを隠したまま嫁ぐことの不安と恐怖に震えるニスリンの気持ちを想像できるでしょうか。欧米や日本人が想像する以上に、処女性というのは中東(国や地域によって異なりますが)非常に大きな意味を持っているのです。
顧客のジャマルは一見幸せそうな中年女性。
しかし実は夫とは別居しており、女優になる夢を捨てきれず、20代の若い子たちに混ざってオーディションを受ける日々。中年太りと生理があがってしまう恐怖に怯えながら生きていますが、人前ではそんなそぶりは一切見せません。
おまけ?としてもう一人の女性、ローズ。
美容室のご近所で開業する仕立て屋。
年老いて認知症?の入った姉を抱えながら仕事し生活をしている独身女性。
60代後半か70歳くらいでしょうか。
人生についてすでにあきらめていたところ、素敵な老紳士が現れ彼にアプローチされ
ときめきちょっと色気づいていきます。
【既婚男性の言い草は万国共通】
ヒロインのラヤールは既婚者の恋人を信じようとしていますが、やはり疑わずにはいられません。
ある時、ふとした偶然から彼の家の住所を知り口実を設けて訪問します。
よくある話なのですが奥さんは美人で感じがよく、子どもも可愛くてそこには典型的な幸せな家庭がありました。
この手の映画は、どこの国のものでも必ずこの展開ですね・・・
「妻とは終わっている、離婚しないのは子どもがまだ小さいからだ」
と言いつつ、実は家庭円満。
日本映画、韓国中国、インド映画、アメリカ映画、ヨーロッパ映画そして中東の映画でもすっかりおなじみの設定ですな・・・
ラヤールは健気?で彼を信じようとします。
そこで彼の誕生日にホテルの一室で二人だけで過ごそうと計画を練ります。
ここで問題なのが「夫婦証明書」がないと、同じ部屋に滞在することができないことです。
(*欧米系の大手ホテルでは大目にみてくれることもあります)
あまりの多くのホテルで部屋予約を断られ、最終的にオンボロの安宿の部屋を確保。
まともなホテルは相手にしてくれなかったので仕方がありません。
だけども部屋はああ汚い・・・
ロマンチックな時間など到底過ごせそうにもありません。
そこでラヤールは躍起になり、部屋のベッドメーキング、洗面所の大掃除・・・徹底的に行います。床磨きなどかなり本格的。
ようやくなんとか清潔になったとは、彼の誕生日を祝う飾り付けをして購入したケーキも持ち込みます。
セクシーな恰好をして彼の到着を待つものの、案の定現れません。
誰かに見られることを恐れた、妻が誕生日のパーティーを用意して待っている、ラヤールの愛情が重たくなった・・・間違いなくそのへんが理由でしょう。
みじめな気持になりつつも、せっかく部屋を予約してたいそう綺麗にし、大きなケーキも用意しています。
ラヤールは女友達を電話で呼び出し、彼女たちが駆けつけます。
見ていて気持ちがいいのが、誰ひとりラヤールの不倫を責めません。
「ほら言わんこっちゃない」とまったく言わないところがブラボー。
何も説教せず一緒になって「こんちきしょー!」と言ってくれる・・・最高です。
【再び処女に戻りハッピーエンド】
処女ではないニスリンは一代決心をします。
処女膜再生手術を挙式前に受けること。(中東では本当によくあることでした・・・)
女友達らが一緒に病院に付き添い無事終了。
最後はニスリンの結婚式。
無論再生手術を受けたことは夫になる男性には秘密。
墓場までこの秘密は持っていくのでしょう。
しかし手術を受けて再び「処女」に戻れたことで安堵し幸せいっぱい。
ラヤールはある意味大きな賭けだったホテルの部屋に恋人が現れなかったことで、
ようやく何か憑物がすっかり落ちて別れることを決意。
彼女に好意を寄せているらしい警察官とうまくいきそうな気配です。
レズビアンのリマも意中の女性とうまくいきそうな気配。
中年のジャマルはこの先も老いに抵抗しながら見栄を張り、女優を目指す日々を送っていきそうな予感。
ローズは老紳士とうまくいきそうになったものの、やはり年寄の姉を見捨てることができず、姉の世話と自分の恋愛両立は無理だとあきらめ、老紳士を振ります。
ベイルートの可愛い女たち(砂糖の女たち)は今日も様々なドラマを抱えて生きて行きます。
【この地球上の女性たちへの応援映画!】
各国で様々な賞をとっただけあり、非常に分かりやすく情緒的でじわじわ感動が迫る名作です。岩波ホールが「ぜひ上映したい」と思ったのもよく理解できます。
たとえ現地のカルチャーを知らなくても十分共感できて感動できる映画です。
安っぽい表現で恐縮ですが
不倫で悩んでいる30代の女性や、同性愛者、好きな人に秘密を抱えている、中年の危機を迎えている女性なら、国籍民族問わず誰もが涙してしまう素敵な映画。元気と励ましを貰えます。
中東、イスラムというとどうしてもテロや原理主義者といったネガティブなことばかり連想してしまいますが、映画「キャラメル」を通して、
「ああ地球の女はみんな同じような悩みを持って一生懸命生きているんだなあ」
と感じることができるのではないでしょうか。
こういう映画をみると
「映画最高!映画好きは止められない!」
と武者震いします!!!
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