母と子の紹介:1938年日本映画。昭和の時代まで残っていた女性の地位「妾(めかけ)」の視点から家族の物語が描かれています。知栄子の母・おりんは、さる会社の重役のめかけにおさまる女性です。おりんの息子・孝吉は父親の跡とりとなり、父親と同じ会社で働いています。成長した娘・知栄子も父親の会社の社員との間で縁談の話が進んでいます。兄妹はともに運を掴んだかに見えますが、ワンマンな父親に振りまわされてかえって心に傷を負います。人生の移りゆきが速度を増すなか、母・おりんの美貌も若き日の面影を失いつつありました。昭和13年(1938年)キネマ旬報ベストテン第3位。名匠・渋谷実監督のデビュー作です。
監督:渋谷実 出演者:田中絹代(知栄子)、吉川満子(母・おりん)、佐分利信(寺尾)、河村黎吉(工藤)、徳大寺伸(孝吉)、水戸光子(しげ子)、松井潤子(おとよ)、斎藤達雄(岡部)、葛城文子(工藤夫人)、青野清(しげ子の父)、高松栄子(下宿のおばさん)、松尾千鶴子(お松)ほか
映画「母と子」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「母と子」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「母と子」解説
この解説記事には映画「母と子」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
母と子のネタバレあらすじ:起
仕舞の稽古をつけてもらっているお師匠さんの家に、工藤知栄子(田中絹代)の母・おりん(吉川満子)から電話がかかってきます。電話口に出た知栄子に「今日は、お父さまが来るんだから早く帰っていらっしゃい、寄り道しちゃダメよ」と念押しの電話です。「まさか、子どもじゃあるまいし」と軽い冗談口を交えて知栄子は応じますが、おりんは浮足立っています。女中のお松を指図する様子にも余念がありません。
今夜は知栄子の誕生会です。娘の誕生日を一緒に祝おうと、いつもは留守のお父さまを招いています。お父さまにとっておりんの家は妾宅です。と言っても、本妻から「平河町」と符丁で呼ばれている本妻お墨付きの妾宅です。その本宅へ跡取りに入ったのが、おりんの息子・孝吉(徳大寺伸)です。孝吉も今日は里帰りしています。しかし肝心のお父さまはその夜、多忙を理由に姿を見せませんでした。
母娘にお父さまと呼ばれる工藤(河村黎吉)は、東京に本社を持つ会社の重役です。誕生日の翌日、会社を訪ねてきた知栄子をよそに、工藤は部下を叱り飛ばします。部下をきつく叱る父親を見た知栄子はいい気持ちがしません。知栄子は、母おりんに対する工藤の愛情不足を訴えに来ました。しかし工藤は体よく話題をすり替えます。知栄子は、母親への愛情が薄れかかっている工藤に不満を漏らします。
母と子のネタバレあらすじ:承
工藤の部下のひとり、寺尾(佐分利信)は、仕事一筋の実直なサラリーマンです。しかし、実力を会社には買われておらず、なかなか出世の糸口をつかめません。寺尾を知栄子の結婚相手にと考えた工藤は、ふたりを近づけます。寺尾は運が巡ってきたことを実感します。しかし、近所の食堂の娘、しげ子(水戸光子)が寺尾に思いを寄せています。しげ子をじょうずに利用している寺尾は、しげ子に知栄子のことは話しません。
工藤家の跡取り息子・孝吉は、妾の子である出自を気にかけて本宅の母と対等な口がきけません。母親らしい愛情を見せる工藤の妻に対して、孝吉は、自分をろくでなしの息子だとおりんの子に生まれた境遇を恥じています。世間への反発もあり、孝吉は、好んで刹那的な生き方へ身を置こうとします。父親が孝吉の出自を軽く見、孝吉の母・おりんを見下していることが、孝吉の心に深い影を落としています。
母と子のネタバレあらすじ:転
おりんと知栄子母娘は、東京の平河町から神奈川県の茅ヶ崎へ越すことになりました。心労を負うことの多いおりんの心臓が弱くなり、健康がしだいに優れなくなっています。そんな折、工藤が海に近い茅ヶ崎の土地へ移ることを勧めます。「さすがはお父さま」と喜ぶおりんに対して、知栄子は父親のずるさを知ります。東京から離れた土地であることを理由に、工藤は茅ケ崎へ一度も姿を見せなくなりました。
工藤とは反対に寺尾は足繁く茅ヶ崎へ通ってきます。何くれとなくおりんの面倒を見てくれる寺尾に、知栄子はしだいに惹かれるようになりました。東京へ用事で出た折、知栄子は足の向くまま寺尾の下宿先を訪ねます。留守の寺尾の部屋では、下宿先のおばさんと年頃の娘が蒲団の打ち直しの真最中です。どうやら寺尾が使っている蒲団です。おばさんが用事で立ったのをきっかけに知栄子が娘の手助けをします。
娘は近所の食堂のしげ子です。しげ子が、畳に敷いた蒲団越しに知栄子に話しかけてきます。
「こんなところを寺尾さんに見られたら叱られてしまいますわ」
「そんなことないわ、あのひとが怒るなんて」
「いいえ、案外怒りっぽいんですよ、あのひと」
「このあいだも、こんなことがあったんですよ」と言いかけて、口をつぐんでしまいます。
見返す知栄子に意味ありげな笑みを浮かべています。
今度は知栄子がしげ子に訊ねます。
「寺尾さん、ここで自炊していらっしゃるの?」
「いいえ、近所の食堂で食べていらっしゃるんです。あのひと、とってもオムレツが好きなんですよ。毎日でも平気なんですよ、困っちまいますわ。だってわたし嫌いなんですもの」。そう言われて怪訝な面持ちの知栄子の脇へ下宿のおばさんが戻ってきます。今度はしげ子が場を外しました。「あの方は?」と訊ねる知栄子に、「近々、寺尾さんと一緒になる近所の娘さんですよ」と、おばさんは知られざる寺尾の一端を明かします。
母と子の結末
その晩、寺尾が手を振り上げて怒りを顕わにします。しげ子が知栄子に話した話題が気に入りません。「きみはおれが不幸になればいいと思っているのか?」。巡ってきた出世の梯子をしげ子が外したかのように責め立てます。そして「明日、引越すから」といきなり言い出します。しげ子が昼間、打ち直した蒲団には目も止めません。「おれは、おれの不幸を望む人間とつきあっていられないんだ」
翌日、寺尾は、気掛かりな知栄子の機嫌をさぐりに茅ケ崎へやって来ます。身体のぐあいが良くないおりんが蒲団に伏せたまま寺尾に対していると、じきに知栄子が外出先から帰ってきます。知栄子は、寺尾の顔を見るのも嫌らしく、おりんのそばから離れ、まったく取り付く島もありません。すがる寺尾に知栄子は言います。「あなたは出世だけがすべてなんでしょ、ええそうよ、きっと、そうよ」。
「お嬢さま!」。おりんの異変を知らせる女中のお松の声がします。千恵子と寺尾がおりんの部屋へ向かうと、おりんはすでに息を引きとっていました。幼い頃に実母を亡くした寺尾が呟きます。「本当のお母さんのようだった」。おりんの横に坐した寺尾が亡骸に触れようとしますが、知栄子がたしなめます。「触らないでちょうだい!」。知栄子は強い言葉を発して寺尾のしぐさを拒否します。
株主総会直前の一室に工藤たち重役が控えています。そこへおりんの訃報が入ります。固有名詞を避けて電話口に応対する工藤を重役たちが冷やかします。そこへ工藤の友人で監査役の岡部が遅れてやって来ます。工藤は岡部を隅へ呼び、岡部にだけは事実を打ち明けます。
「おりんが死んだよ」
「ほっとしたろう」
「ばかを言いたまえ!君」
しかし言葉とは裏腹に、工藤は席を埋めた株主を前に滔々と会社の方針を弁じます。その様子からは、小事にケリをつけて大事に臨む人の心の余裕さえうかがわせます。
以上、映画「母と子」のあらすじと結末でした。
坂口安吾が焦がれた女流作家矢田津世子の原作と知って、映画を見ました。さすがに人間心理への深い洞察があって、ちょっとそこらの母子ものとはちがいますね。社長役の河村黎吉が日本社会の典型的な男性像・父親像を見事に演じていますね。寺尾役の佐分利信はもっと軽薄・狡猾な人間を演じてもらいたかったが、スター候補だから遠慮したのかな。