ヘカテの紹介:1982年スイス,フランス映画。ヘカテとは、夜や冥界を司るとされる古代ギリシャ神話の女神。1930年代、北アフリカに赴任したフランスの若い外交官が奔放な美貌の人妻への恋に惑い夜の街をさまよう。ファム・ファタールとなるのはモデルとしても息の長い活躍を続けるローレン・ハットン。撮影監督のレナート・ベルタと組んで映画的魅力に満ちた作品を送り出したスイスの映画監督ダニエル・シュミットの、日本で最初に劇場公開された作品。2021年にデジタル・リマスター版でリバイバル公開。
監督:ダニエル・シュミット 出演者:ベルナール・ジロドー(ジュリアン・ロシェル)、ローレン・ハットン(クロチルド・ド・ワトヴィル)、ジャン・ブイーズ(ヴォーダブル)、ジャン=ピエール・カルフォン(マサール)、ジュリエット・ブラシュ(アンリ)、ほか
映画「ヘカテ」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ヘカテ」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ヘカテの予告編 動画
映画「ヘカテ」解説
この解説記事には映画「ヘカテ」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ヘカテのネタバレあらすじ:初めての任地
1942年、スイスのベルン。フランス大使館主催のパーティーで、フランス大使のロシェルはドイツ軍の東部戦線での先行きについて問われるが、彼の思いが向かう先はグラスに注がれたシャンパンの泡の彼方の遠い過去だった。――――
彼は任地に向かう船の中にいた。港で彼を迎えたのは上司のヴォーダブル。自動車の中でロシェルは「最初の任地が北アフリカのその町であるのは運が悪い、ここは地の果てだし退屈するぞ」と言われる。領事館に着くと、彼の担当である年配の女性秘書アンリがいて、住むのは官舎にし、何もかも揃っている。無いのは情婦だけだと思った。
外国人の集まるパーティーでマサールという男に話しかけられるが、ヴォーダブルが話に割って入り「マサールは危険人物だ」と注意してくれる。だがその時、ロシェルは既に、テラスから夜の空をみつめる別の危険人物に目を奪われていた。クロチルド・ド・ワトヴィルだ。夫はシベリアにいるというアメリカ人の女だった。
ヘカテのネタバレあらすじ:最高の愛人
ロシェルはクロチルドとたちまち親密になる。乗馬をしたり食事をしたりして過ごす。クロチルドは「自分は直感にしたがって自由に生きる、理解しようなどとは考えない」と言う。最初、ロシェルにとって彼女は最高の愛人に思えた。だが関係が深まるにつれてロシェルには、この女を理解したいという気持ちが芽生える。
領事館主催のパーティーをすっぽかしてクロチルドと過ごす夜、クロチルドが深夜出かけた隙に、ロシェルは机の中を調べてロシェルのことを調べようとする。そして早朝、クロチルドが帰ってくると彼女をバルコニーで背中から抑えて行為に及ぶのだった。
ヘカテのネタバレあらすじ:謎の女
ヴォーダブルはロシェルに「退屈なパーティーに来なかったのは正解だった、君の尻ぬぐいは済ませた」と言うが、解任されないようにしろとやんわり注意する。それでもロシェルは謎めいたクロチルドにのめりこんでいく。
映画館で突然泣き叫ぶクロチルド。深夜、女の悲鳴を聞いて「外人部隊の急襲だ」と言う事情通のクロチルド。家に汚い現地人の少年少女を招いて談笑しているクロチルド。クロチルドには自分の他に愛人がいるのではないだろうか。ロシェルは自分の知らないクロチルドの姿を恐れる。
とりわけクロチルドのお気に入りである現地人の少年イブラハムが気になる。レストランで食事中、少年との肉体関係を冗談ぽくほのめかすクロチルドに怒る。
ヘカテのネタバレあらすじ:錯乱するロシェル
喧嘩別れした後、ロシェルはクロチルドの家に電話をかけるが「奥様は乗馬に行った」と言われる。だが、乗馬クラブに行くと、とっくにクロチルドは帰っていた。ロシェルは欠勤を重ねて狂ったようにクロチルドを探し求める。そしていかがわしい店で少年少女と遊ぶクロチルドをやっと発見する。
クロチルドを理解するためなのか、ロシェルはイブラハム少年をつかまえてベッドに押し倒してレイプする。物音に近所の住民が集まる間を抜けて海に行ったロシェルは、汚れた行為をした体を浄めるかのように、裸で海に飛び込んだ。
ヘカテの結末:別れと再会
ヴォーダブルはロシェルに、イギリス領事館から外務省にロシェルの蛮行が通報されたせいで、ロシェルは本国に帰ることになったことを告げる。ただ、本当ならクビになるところだが、ヴォーダブルが人事部の友人に話を通して、中国に行くことで済むようになったと言う。
ロシェルは通りかかったクロチルドに「愛している」と言う。クロチルドは「ことばは早すぎることも遅すぎることもある」と言う。
「追いかける」とクロチルドは言ったが、結局ロシェルの元に来ることはなく、ロシェルは愛情のわかないまま別の女と付き合うようになる。そして平凡な仕事ぶりが評価されて、各地で戦乱が続くさなか、昇進を続けた。
ある時、外務省で次の仕事にメキシコ大使館か非公式なシベリアの任務を選べと言われ、シベリアを選んだ。シベリアで彼が会ったのは、アヘン中毒の軍人。つまりクロチルドの夫だった。彼はロシェルがクロチルドの愛人だとすぐ理解する。二人共、クロチルドを愛して傷ついた男だった。
―――― 再びベルン。大使となったロシェルはパーティーでクロチルドに再会し、彼女の夫と会ったことを話す。クロチルドは「ことばは早すぎることも遅すぎることもある」と言う。「何を考えているの?」とたずねるロシェルに、クロチルドは「何も」と答えて去って行った。
以上、映画「ヘカテ」のあらすじと結末でした。
主人公のロシェルは私の嫌いなタイプの鼻持ちならない男である。伊右衛門やマクベスほどの極悪人ではなくて小悪党と言うか俗物なのだ。現地人や使用人を見下して、さも偉そうに振る舞う白人至上主義者。己の勝手な妄想や欲望に振り回されてサボタージュを決め込む様は子供じみていて決して頂けない。破天荒でも破れかぶれでも良いではないか、そこに大人の男の美学があれば良しとするのだから。ただ、残念ながら我儘で自分本位の子供っぽいロシェルには最後の最後まで共感出来なかった。それとは対照的に完熟した大人の女性クロチルドは最高に素晴らしかった。ロシェルのような俗物ではなくて何処か謎めいた魔性の女は夢を喰らって生きている。「何も考えていない」と答える女は常に自然体で生きる野生児なのだ。クロチルドと言う野生の駿馬に鞍を取り付けずに乗りこなす。クロチルドは私の飲み友の女に似通ったタイプである。決して一筋縄ではいかず、その日によって見せる顔が変わるのだ。私は酒と女と孤独を愛する変人なのでクロチルドのような魔性の女とは縁が深くて相性が良い。ロシェルには共感出来ない分、クロチルドに思いっ切り感情移入が出来たのである。北アフリカの砂塵に囲まれた辺境の地で展開する魔性の女とチャイルディッシュな俗物の男女のドタバタ。娼館に集い実在しないユートピアの地平線を見つめる少年少女の虚ろな瞳が痛々しい。ここではいったい何が真実で何が虚偽なのかが見極められない。娼館では時間が止まり混沌として曖昧模糊で価値観も何もかも麻痺している。本当はクロチルドは何処にも実在しないのであり、孤独に耐えられないロシェルの願望が生み出した幻想だったのではないか。そんな勝手な解釈(想像)が成り立たないのは百も承知ではある。ただただクロチルドの古い時代の絵画から抜け出したタイムトラベラーの様な幻想的な魅力に圧倒される摩訶不思議な映画なのであった。