ミッドサマーの紹介:2019年アメリカ, スウェーデン映画。美しい森に湖やノーベル賞授賞式などで知られるスウェーデンは、社会福祉が充実し、平均年齢も高く豊かな国です。そんなスウェーデンで90年に一度の伝統的行事が行われるという話があります。大学で民族学を専攻する学生たちが論文を書くため、そして楽しい祭りのようなイベントがあると聞き、スウェーデンを訪れます。しかしその行事はスウェーデンが貧しかった頃からの恐ろしい儀式であり、学生たちは何も知らずに恐怖体験に巻き込まれます。『ミッドサマー』はスウェーデンを舞台に不可解な宗教儀式を描いたホラー映画で、『ヘレディタリー/継承』のアリ・アスターが監督で約2時間半の長い映画ですが、学生たちの運命に時間を忘れてしまいます。
監督:アリ・アスター 出演:フローレンス・ピュー(ダニー・アルドール)、ジャック・レイナー(クリスチャン・ヒューズ)、ウィル・ポールター(マーク)、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(ジョシュ)、ヴィルヘルム・ブロングレン(ペレ)、アーチ・マデクウィ(サイモン)、エローラ・トルキア(コニー)ほか
映画「ミッドサマー」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ミッドサマー」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ミッドサマーの予告編 動画
映画「ミッドサマー」解説
この解説記事には映画「ミッドサマー」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ミッドサマーのネタバレあらすじ:起・スウェーデンの謎の伝統行事への旅立ち
女子大学生のダニー(フローレンス・ヴュー)は、彼氏のクリスチャンに電話し、妹と連絡が取れないと嘆きます。クリスチャン(ジャック・レイナー)はダニーとの電話を切ると、友人マーク(ウィル・ポールター)に、彼女は精神が不安定だと話します。しばらくするとダニーからまた電話がかかってきて、なぜか彼女は泣き出します。ダニーの実家ではダニーの妹が両親を巻き込んで車の排気ガスで一酸化炭素中毒による自殺をしていました。
クリスチャン、ジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)、マークは大学で民族学を専攻していますが、スウェーデン人の友人ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)から「90年に一度の伝統行事があるから遊びに行かないか」と誘われます。クリスチャンたちはスウェーデンへ行くことにしますが、クリスチャンはそのことをダニーに知らせるか迷います。
その後ダニーは彼らのスウェーデン旅行を知ることになり、クリスチャンに「なぜ知らせてくれなかったの」と言い、気が動転します。その後ダニーも一緒に行くことになり、ダニーはペレから、その行事は楽しい祭りのようなイベントだと聞き、また、ダニーの誕生日とも重なることからスウェーデンに行くことを楽しみにします。
スウェーデンの首都ストックホルムに着いた彼ら5人(ダニー、クリスチャン、マーク、ジョシュ、ペレ)は行事の行われる村へ車で向かいます。村の手前ではイギリスから来ていた、サイモン(アーチ・マデクウィ)、コニー(エローラ・トルキア)たちとも合流します。
幻覚作用のあるマッシュルームを口にした彼ら。夏の日没が遅いスウェーデンでは午後9時でも明るく、ダニーたちは奇妙に感じます。ダニーは突然立ち上がると、村人たちが自分のことを笑っていると錯覚して動揺します。そしてトイレに入るものの幻覚で気分が悪くなり森へと駆け込んでいき、気を失います。気づいた頃には6時間も経っていました。
ミッドサマーのネタバレあらすじ:承・狂気の儀式に唖然とするダニーたち
翌日、ダニーたちは伝統行事である夏至祭の初日の宴に参加、白装束の男女の集団が踊っています。ダニーたちは村の住民と語り合い、宿舎にあった村人たちの72歳までの生涯を表した絵をみます。ダニーたちは72歳以後、何が起こるのか不思議に思います。
翌朝に儀式が始まり、ダニーたちは村人と食事をします。老人の男女が奇妙な飲み物を飲み、連れて行かれます。ダニーたちと村人は崖に向かいます。老人の男女はナイフで手を切られ、ルーン文字の書かれた石柱を血で染めます。
その後、高い崖の上に立った老婆は崖から飛び降り、血だらけになり死亡します。ダニーたちは目の前の光景に唖然として目を背け、コニーとサイモンは「こんなバカなことは許されない」と叫び始めます。
その後、もう1人の老人男性が崖の上に現れ、飛び降ります。その老人はまだ生きていましたが、村人が頭を潰して殺害してしまいます。コニーとサイモンは「バカなことはやめろ」と怒りますが、村人は「この儀式は伝統としてやらなければならないこと、二人は幸せに死んだ」と説明します。
ミッドサマーのネタバレあらすじ:転・狂気の儀式に巻き込まれるダニーたち
ダニーは当惑し茫然とします。クリスチャンは気が動転しますが、ジョシュは平然とこの村と祭りをテーマとした論文を書いています。クリスチャンもこの儀式を論文にすることをジョシュに話し、口論します。
ダニーは家に帰ると言いだしますが、ペレに慰められます。しかし、ダニーは深夜に起きて外に出て、死んだ老人や自殺した姉妹のことを思い出します。翌朝、マークは倒れた木に立ち小便をしていると、村人は「神聖な木に何をするんだ」と怒ります。コニーも気が動転して「帰る」と言いだしますが、村人は「サイモンは帰るため先に駅に行って待っている」と言いますが、コニーは事情が理解できずに出て行こうとします。ダニーもサイモンを探しますが、村人は「彼は駅に行った」と言います。ジョシュは論文のため儀式をより深く探ろうと、村人に近づいて話を聞きますが、「秘密の書かれた書物の写真は撮るな」と言われます。
夕食は暗い雰囲気の中始まり、クリスチャンの食事には陰毛(マヤという村の女性のもの)や、マヤの子宮から出した血の混ざったジュースが出されていました。ダニーたちはサイモンがいなくなったことなど、不安げに今後を語ります。なぜか、マークは美しい若い村人に呼び出され、いなくなります。
その夜、ジョシュは起きて儀式の本を調べに行き、こっそり写真を撮っていると、突然現れたマーク(マークのデスマスクを被ったような男)に殺害されます。
次の日の朝、クリスチャンは村人に、ジョシュやマークが消えたことや、書物が盗まれたことには関係してないことを話します。村人は奇妙な飲み物を作り、ダニーはその不可解な飲み物を飲みますが、村人はお茶だと説明します。クリスチャンは別室で村人から、マヤについての話を聞かれ、クリスチャンは「君はマヤの理想の男性」だと言われます。
ミッドサマーの結末:狂気の儀式の結末
ダニーは踊りを賞賛され、女王に選ばれます。クリスチャンは遠くから踊りを眺めますが、奇妙な飲み物を与えられ飲んでしまいます。そして村人はダニーとクリスチャンをお祝いの食事会に連れて行きます。
クリスチャンは飲み物で頭がおかしくなり、マヤに誘惑され、村人たちに小屋に連れて行かれます。小屋には全裸の女性12人とマヤがいます。クリスチャンはマヤとのセックスを強制され、マヤは赤ちゃんを感じると言います。ダニーはその小屋を不審に思い鍵穴から覗くと、クリスチャンとマヤのセックスを目撃してしまい嘔吐します。
クリスチャンはセックス後、その場から逃げ出して全裸で村を走りますが、途中でジョシュの死体を目撃、逃げ込んだ鶏小屋ではサイモンの死体を見ます。そしてクリスチャンは村人に謎の粉を吹きかけられ倒されます。
村では生贄を選ぶ儀式が始まりました。儀式のリーダーは、9人の生贄が必要だとして、4人(自殺した老人の男女2名と生贄志願の2名)は村人から、残り4人はダニーのグループ(殺されたサイモン、コニー、マーク、ジョシュ)、そして9人目となるもう一人は女王に選ばれたダニーが、一人の村人あるいはクリスチャンのどちらかを選べと迫られます。
選ばれたのはクリスチャンでした。彼は内臓を取られた熊の毛皮に入れられます。9人の生贄は小屋に運ばれ、火がつけられます。燃える小屋を見て狂喜の村人たち。ダニーはなぜか微笑みを見せるのでした。
以上、映画「ミッドサマー」のあらすじと結末でした。
「ミッドサマー」感想・レビュー
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雰囲気は明るいのに、どこか精神的に来る怖さを持つ映画です。あくまでも村では当たり前に行われていることは、外部から見たら驚きの連続で、奇妙に見えるものなのだと感じました。村にある壁画等には様々な意味が込められており、公式ホームページに詳細な説明が書かれていました。映画を見た後に、それらを読んで「なるほどな」と思わず感心してしまいました。
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この映画の監督のファンです。『ミッドサマー』の前作である『ヘレディタリー/継承』を見て、独特なくらい雰囲気を撮られる方だなと思っていたら、今度は明るいホラーを撮るなんて。
とても挑戦的な絵作りをされる方です。個性の強い独特の作品を探している方にはぜひおすすめします。 -
とにかく怖いからと知り合いにたくさん勧められたので見てみた。
風景は美しいのに不穏な雰囲気が漂うアンバランスさで終始ドキドキした。
衝撃的なシーンを最初に見てから、自分も村の人の思考になったのか、その後に出てくる残酷な死体に対して美しさを感じたり、最後の家が燃やされるシーンでは不思議と心がスカッとした。
ホラーって基本は暗い雰囲気があって見る気がしないがこれはわりと明るくて良いなと思った。 -
かつて人身御供や生贄或いは人柱などが世界中のあらゆる地域で実施されていた。伝統や儀式はその時代と地域により異なるが、災害から逃れる為に人命を犠牲にして五穀豊穣や安寧を祈念したのは共通している。現代においては理不尽で残酷な事でも、古(いにしえ)の人々にとっては大切な生活の一部だったのである。娯楽ホラー映画としてもニッチ市場に向けたアートフィルムとしても、非常に秀逸で完成度の高い仕上がりを見せている。斬新で鮮烈な衝撃を与えてくれる稀有な作品だと思う。一般社会のタブー(禁忌)を取っ払って、生と性の問題に切り込んだ野心作だ。生身(原始)の人間の本気の怖さが美しい自然を背景にして、より・リアルに描かれている。人間たちの逃れられない宿命に思わず戦慄した。男女の営みを見守る全裸の中年女性達がみな魔女に見えた。魔女はペイガニズムに基づいた自然回帰・自然崇拝のシンボルであり、故にシャーマンであり巫女でもある。この映画の本質があのシーンに凝縮されていたのではないだろうか。いつの日にかこの映画の完全版(ディレクターズカット等)を現地で見てみたいと思った。
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同じ映画に二度も感想を寄せるのは不謹慎だとは思うのだがもう一度だけミッドサマーについて述べさせて頂きたいという思いで筆を執った次第である。クラシック音楽のディープなマニアである私はお気に入りのストラヴィンスキー「春の祭典」を何度も繰り返し聴き返していた。vimeoで新たにエーテボリ交響楽団の「春の祭典」を視聴した時に強烈なインスピレーションを受け取ったのである。「ミッドサマー」はスウェーデンが舞台だがエーテボリ交響楽団もスウェーデンの代表的なオーケストラである。指揮者は鬼才のサントゥ・マティアス・ロウヴァリで彼はフィンランド出身である。指揮者もオーケストラもまるで何かに憑かれたかのように異常なテンションで「春の祭典」を演奏するのを見ていて、思わず「ミッドサマー」の色んなシーンがフラッシュバックして来たのである。「ミッドサマー」の映像は鮮烈で美しいが或る種の角度から見れば不快で醜悪かも知れぬ。そう言うシーンを繋げて「ミッドサマー」は展開して行く。「春の祭典」も古きロシアの土着民族(土俗信仰)の生贄の儀式を描いている。粗削りで野卑な舞踊集団が裸で生命の神髄を極めてゆく。「ミッドサマー」の世界観と見事に合致するのである。親友の女性がNetflixに入ったので一緒にディレクターズカット版を何度も観た。この映画は現代人の既成概念や常人の良識やコモンセンスの物差しで測るべきではない。人間の本質的な原子の記憶と野生児のノスタルジーを基調(尺度)とした絵本であり、新たなるマザーグース(民間伝承)なのである。映画「ミッドサマー」は繰り返し鑑賞するに値する画期的な作品だと思う。刺激が強すぎるなど万人向けではないが、もっと多くの人に観てもらって正当な評価をお願いしたいと考えている。
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サブリミナルが心配です。
鑑賞した後は感想を文章化する等意識化することが必要
Twitterなどで「ミッドサマー」のことを「山田と上田が来ないトリック」だと評していた人が多くみられましたが、映画を見終わった瞬間に「なるほどな」とおもいました。
独特な世界観、異なる価値観を持つ人同士の交流、とにかく1つ1つの描写が脳裏に焼き付くような映画です。