かつて、ノルマンディーでの紹介:2007年フランス映画。ノルマンディーで1975年に撮影されたニコラ・フィリベール監督作品『私 ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』。その映画撮影から30年経ったノルマンディーへ、出演者たちを訪ねたフィリベールは、変わらない営みの中に、30年の時がもたらした変化を知る。
監督:ニコラ・フィリベール 出演:ジョゼフ・ルポルティエ、ニコル・ピカール、アニック・ビッソン、ジャクリーヌ・ミレール、ロジェ・ペシェ、クロード・エベール、ほか
映画「かつて、ノルマンディーで」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「かつて、ノルマンディーで」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
「かつて、ノルマンディーで」の予告編 動画
映画「かつて、ノルマンディーで」解説
この解説記事には映画「かつて、ノルマンディーで」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
「かつて、ノルマンディーで」のネタバレあらすじ:起・30年前の役者たち
19世紀に実際にノルマンディーで起きた事件を題材に、30年前、一本の映画が製作された。そこで役を演じたのは現地の農民たち。その時ロケハンや役者集めをしていたフィリベールはかつて映画に関わった人々を訪ねた。
役者たちには今も当時も自分たちの仕事があり、出演交渉と同時に勤め先にも映画を撮るために協力を求めていた。出演者たちは主役級からエキストラまで、すべてノルマンディーに住む人たち。知り合い同士もいれば映画の撮影を通して知り合う者もいた。ある主演者は家族みたいなものだったと語る。
また、まだ進路の定かでなかった若者たちには、あくまでも現地の農民にその土地で起きた事件を演じさせると言う趣旨を話し、これを機に俳優業への道が開けるわけではないと言う事も話した。主人公の妹を演じたアニックは、映画撮影で学校を一年落第しながらも、映画に出演することで人生や人の心理を学んだと語る。彼女は現在知的障碍者施設で働いている。
「かつて、ノルマンディーで」のネタバレあらすじ:承・30年前の事件
監督のルネ・アリオは、主題となる30年前の惨殺事件で母と妹と弟を殺したリヴィエールの書類や手記を読み、狂人としてではない彼を描こうと脚本を書いた。当時のルネ・アリオの日記には、映画を作ることへの行き詰まりや、悩み、脚本の進み具合が思わしくない事などがつづられていた。
リヴィエールの生きた19世紀当時、親殺しの罪は殺人罪よりも重く、弁護側から狂人ではないかと精神鑑定もされたが責任能力有として、終身刑となった。しかし彼は、5年間の収監されたのち、自ら首を吊った。リヴィエールの親族の墓は今もあるが、自殺した彼の墓は、作られていない。
そして脚本が仕上がり、アリオは製作費の工面をはじめ、スタッフはロケハンや役者探しを始めた。ルネ・アリオは映画をきちんと語るものに作り上げようとしていた。
「かつて、ノルマンディーで」のネタバレあらすじ:転・30年の間に
出演したある夫婦の娘は統合失調となり、それがきっかけで母親のアンも病になった。また、当時左翼の活動家でスタッフたちと討論をしていたニコルは、動脈瘤破裂に寄り発話をはじめとする言語機能に障害が残った。
またこの地域自体も、数年前に核廃棄物処理施設ができた事で、集会やデモが行われるようになった。
映画を取り巻く状況も、デジタルへの移行でフィルムの現像所が経営難に陥り、既存のフィルム、30年前にアリオが撮った映画そのものも聞きに晒されている。
この映画と作るためにアリオは政府の助成金だけでは足りず、映画のシーンを削り、クランクインを遅らせることも視野に入れていた。その頃難航していた主役が決まった。14歳から引きこもっていたクロードだった。映画製作の後、俳優を目指した彼は、パリでアリオの家に住み、カンヌのカーペットを歩くまでになったが、映画業界に馴染めず、ケベックに移住し、消息を絶った。一度、アリオが危篤の折に現れたが、すぐに消えた。
「かつて、ノルマンディーで」の結末:それぞれの今
生き残りの妹を演じたアニックは、自分が演じた役の生涯をたどり、彼女が若くして亡くなっている事を知った。リヴィエールの血は途絶えていた。そんな彼女は息子たちに支えられて人生を謳歌している。
クロードもまた自分の道を見つけていた。彼は修道士となり、ハイチにいた。ドイツで式典があるため一時ヨーロッパへ戻る際に、ノルマンディーへ立ち寄り、村人たちと再会した。クロードは、殺人者であるリヴィエールが愛されるように、感じの良い殺人者に見せるよう努力した。彼が狂人か否かを語るのではなく、演じることで彼の証人になろうとしていた。
当時の写真には、出演者たちと、作品を完成させるめどを立てたアリオが合流して映っている。皆にとって懐かしい写真だった。
フィリベールが今になってこの映画について語ったのは、それから30年経ったという節目と、もう一つ、彼の父ミシェル・フィリベールのカットされていた出演場面のフィルムが見つかったからだった。
白黒のフィルムに映る大臣風のミシェル・フィリベール、カットされているからか、音は入っていなかった。
以上、映画「かつて、ノルマンディーで」のあらすじと結末でした。
「かつて、ノルマンディーで」のレビュー・考察:かつて、そして今
この作品の中には三つの時間が存在する。今、映画を撮った30年前、そして映画の主題の事件が起きた140年前。アリオは140年前の事件の手記を追い、フィリベールは、30年前のアリオの日記を追う。出演者たちは30年前の映画が何某かの礎になっている者もいれば、思い出話のように語る者もいる。時間が並走するようにインタビューの合間に挟まれる白黒のフィルムは、映画にとっても今現在の状況が変わったことを表しているように見える。
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