てんやわんやの紹介:1950年日本映画。病気療養後に出勤してみると、犬丸順吉の会社は労働争議で、てんやわんやです。社長の故郷・相生町を訪ね静養することになりますが、個性的な人たちばかりで、ここもてんやわんやです。一体にこの騒ぎは犬丸が原因か。犬丸順吉役に佐野周二、社長秘書役には今作が映画デビューの宝塚歌劇団出身・淡島千景。淡島は今作で、第一回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞しています。
監督:渋谷 実 出演者:佐野周二(犬丸順吉)、淡島千景(花田兵子)、桂木洋子(あやめ)、志村喬(鬼塚玄三)、藤原釜足(越智善助)、薄田研二(玉松勘左衛門)、鎌田研二(田鍋民平)、望月美恵子(お益)、三井弘次(佐賀谷)ほか
映画「てんやわんや」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「てんやわんや」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「てんやわんや」解説
この解説記事には映画「てんやわんや」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
てんやわんやのネタバレあらすじ:起
東京の中小の出版社です。社長が行方をくらませています。社長秘書の花兵こと花輪兵子の姿も見当たりません。「ストライキだ」と社員たちは怒りを顕わにしています。しかし社長がいなければ団体交渉はできません。
そこへドッグと呼ばれる若い社員・犬丸順吉が出勤してきます。ドッグは体調を崩してしばらく会社を休んでいました。社長と縁故を持つドッグは、威勢のいい社員たちから「社長はどこだ」と小突き回されます。休職明けの朝から散々な目に合うドッグですが、さらに社内は社長を捜して「てんやわんや」です。
社屋の屋上では、社長秘書の花兵がビキニ姿で日光浴を楽しんでいます。花兵の居所を知った男の社員たちが、そこへ押しかけてきます。肢体を露わに寝転ぶ花兵を、男たちが取り囲みます。「社長はどこだ」。花兵は、もちろん社長の居所を知っています。しかし男たちに向かって「アンタたち、性犯罪者よ」と突っぱね、社長秘書としての格の差を見せつけます。
労働争議の最中、社長の鬼塚は銀座のキャバレーで浮かれ騒いでいます。そこへ花兵がドッグを連れて現れます。ドッグは東京の生活に馴染めず、会社を辞める覚悟だと告げに来ています。ドッグの郷里は北海道ですが、社長は気候の温暖な四国で静養することをドッグに勧めます。四国は社長の故郷です。さらに「大事な書類だから」と言って分厚い封筒をドッグに託します。何が何だか分からず、それでもドッグは四国へ行くことになりました。
てんやわんやのネタバレあらすじ:承
ドッグが着いたのは愛媛県の相生町です。四国滞在で世話になる玉松勘左衛門の家は、漆喰の塀で囲われた町内でも有数の大店です。しかし閑静なはずの奥座敷では、饅頭の早食い競争がにぎやかに催されています。主の勘左衛門曰く「ひとりの男が町内を走って1周してくる間に、目の前の男が饅頭を50個食えるか」という競技です。遊びに熱中して「てんやわんや」の勘左衛門に、鼻白むドッグはどうしていいか分かりません。
ドッグはイケメンですが、気の小さな男です。誰に対しても親切に接し、争いごとを好みません。団交中の社員や阿漕な社長からいいように振り回されてしまうのもそのためです。四国の地では、無鉄砲者や馬鹿者のことを「てんぽさく」」と呼びます。東京を遠く離れた地でドッグを待っていたのが、この「てんぽさく」です。この物語に登場する「てんぽさく」とは、暇を持て余した連中のことです。
「四国を日本から独立させる会」は、町会議員、 町の和尚、学校の先生、町役場の青年からなるてんぽさくの集まりです。この組織に加えられたドッグは、暇に飽かせた連中と一緒に町の人たちと関わります。ある時は社交ダンスのコーチに指名され、またある時は遠出の遠足に出かけます。遠足でドッグは集落の娘に恋をします。てんぽさく達は、これでドッグが田舎暮らしに馴染むだろうと大喜びです。
てんやわんやのネタバレあらすじ:転
ドッグが集落の娘・すみれに恋をして、気もそぞろな頃、社長と花兵が現れます。社長は地元の選挙の応援に、花兵は、意中の人ドッグに会うためです。社長は、この機会に花兵を愛人にしたいと企んでいますが、ドッグを夢中で追いかける花兵を捕まえるのが容易ではありません。
一方の花兵は花兵で、ドッグを道後温泉へ誘い出しますが、ドッグの頭から、すみれが離れません。花兵は社長が愛人にしたいと思うほどの美人ですが、それゆえにドッグは社長との仲を疑って、花兵を信じません。繰り返し社長を袖にする横暴が過ぎたのか、花兵は社長から暇を出されます。ドッグへの最後のひと押しも失敗に終った花兵は、哀れ女ひとり帰京します。
てんやわんやの結末
ドッグが社長から託されていた「大事な書類」の中身は、じつは艶画や美人画、水着の女性を写した写真の類です。中身を知ったドッグは呆れます。呆れかえって憤慨します。
しかし、東京から避難してきたこの地でドッグは学びました。どこへ行っても世間はおなじだということを。右を見て、左を見て、また右を見て・・・と、人の顔色ばかり窺っていても人間は変わりません。もう一度、東京へ戻ってやり直しです。
いつもドッグの周囲で巻き起こる「てんやわんや」は、気持ちの切り替えひとつで、これからは無くなっていくかもしれません。
以上、映画「てんやわんや」のあらすじと結末でした。
「てんやわんや」は本作で銀幕デビューを飾った淡島千景の「おきゃんで利発」な魅力がいっぱいに詰まっていた。戦後間もないこの時期に水着姿の日光浴をしたり派手なドレスを着こなす淡島の容姿は観客の目にはどう映ったのだろうか。セクシーで屈託のない独特の笑顔が淡島の持ち味だが、デビュー作にして既に「女優淡島千景」が見事に完成していた。さすがに宝塚歌劇団で鍛えられた看板女優としての貫禄が充分なのである。その宝塚の熱心なファンであった手塚治虫が、淡島千景に一目惚れして自作アニメのヒロインを創作している(リボンの騎士のサファイアは淡島がモデルである)。確かに本作の淡島千景はサファイアに生き写しであった。その上、「あやめ」と言う娘役で桂木洋子も出ている。この二人の可愛い娘役を拝めるだけでもう充分である。淡島千景と桂木洋子が船便で届いた稀少なマイセン人形で、後のキャストは高級磁器を守るしがない緩衝材と言うのは少々乱暴に過ぎるかも知れない。この映画には南予宇和島の古き日本の姿を留める原風景と独特の方言や因習(奇習)も登場する。あやめ(桂木洋子)が犬丸(佐野周二)と夜伽の添い寝で一夜を共にするシーンがそれである。映画そのものはのんびりとした牧歌的な田舎の生活を描いた軽喜劇の体をとっている。この映画では不覚にも淡島千景の凛々しい魅力にただただ圧倒されてしまった。また個性的な悪役で渋い演技が持ち味の薄田研二や藤原釜足が軽妙な演技を披露している。日本が誇る名優の三島雅夫はいつもながらの安定した演技が光っていた。監督をした渋谷実は実力派である。成瀬巳喜男の薫陶を受け小津安二郎の下で助監督をしその門下生には後の巨匠の川島雄三がいる。観るほどに味わい深い作品なので今後も繰り返し鑑賞したい。「てんやわんや」という傑作映画は一流の映画人が集って創り上げた戦後喜劇の記念碑である。