ローマの休日の紹介:1953年アメリカ映画。王女と新聞記者という身分違いの恋を描いた、ロマンチックで切ないラブストーリー。永遠の妖精と呼ばれるオードリー・ヘップバーンの可憐な魅力が遺憾なく発揮された作品です。作品の舞台となるローマの街の美しさも見どころの一つとなっています。
監督:ウイリアム・ワイラー 出演:オードリー・ヘップバーン(アン王女)、グレゴリー・ペック(新聞記者 ジョー)、エディ・アルバート(ジョーの同僚のカメラマン)、ハートリー・パワー(ジョーの上司)ほか
映画「ローマの休日」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ローマの休日」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ローマの休日の予告編 動画
映画「ローマの休日」解説
この解説記事には映画「ローマの休日」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ローマの休日のネタバレあらすじ:◆身分違いの2人の出会い
ヨーロッパの王室の王位継承者であるアン王女は、親善旅行の一環でローマを訪れます。旅行中の過密で退屈なスケジュールにうんざりしたアン王女は、侍従たちの監視のスキをつき、こっそりと宿舎の宮殿を抜け出します。ところが、街を散策している間に、主治医に注射された鎮痛剤の薬が効き始め、アン王女は道端のベンチで熟睡してしまいます。そこへ、アメリカ人の新聞記者ジョーが通りかかります。身元を尋ねるものの、アン王女の意識は朦朧としており、目の前の娘が王女であるとは露知らず、ジョーは仕方なく娘を家に連れて帰ることにします。
ローマの休日のネタバレあらすじ:◆ローマでの楽しい時間
翌朝、連れて帰った娘がアン王女であることに気付いたジョーは、このまたとない出来事をスクープにしようと企みます。一方、目を覚ましたアン王女は、監視から解放された自由な時間を満喫します。ジョーに借りたお金で、欲しいものを買ったり、ヘアサロンで長い髪の毛をバッサリと切りショートヘアにしたり、タバコを吸ってみたり。今まで出来なかったことができる環境を活き活きと楽しむアン王女の姿を、ジョーは次々と、カメラで撮影していきます。
ローマの休日のネタバレあらすじ:◆強く惹かれあう2人
アン王女が失踪したことが発覚し、宮殿では大騒ぎとなっていました。船の上でパーティを楽しんでいたアン王女とジョーの前に、ついに、追っての情報捜査官が現れます。2人は河に飛び込み、追っ手から逃れます。河からあがった2人は、固く抱き合い、キスを交わします。いつのまにか2人は強く惹かれあっていたのでした。
ローマの休日の結末:◆別れの時、成就しない恋
王女と新聞記者という身分違いの恋が成就しないことがわかっていた2人は、お互いの気持ちを言葉に出すことはせず、アン王女は公務を果たすため宮殿に戻ります。ジョーは、アン王女と過ごした時間を自分の心の中だけにとどめ、記事にはしないことを心に決めます。翌日、宮殿ではアン王女の記者会見が開かれました。新聞記者として会見に訪れたジョーは、自分が撮影した写真が入った封筒をアン王女に渡します。アン王女は、笑顔でジョーに無言の別れを告げますが、その瞳にはかすかに涙の跡が残っていました。
以上、ローマの休日のあらすじと結末でした。
「ローマの休日」感想・レビュー
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オードリー・ヘップバーンのキュートさが最高です。
王女という立場でありながら、天真爛漫で多くのものに興味深々ということがあらゆるシーンから伝わってきました。
映画を見ながら、アン王女には存分にローマを、一般人の日常を楽しんでほしいと、イタリア人でもなければ、ローマに行ったこともないのに、そう願っていました。
最後に、王女外遊で最も印象に残った場所を聞かれ、セオリーに反して特定の地ローマを挙げたのが良かったです。 -
素晴らしい脚本、俳優、音楽、楽しくも切ないラブ・ロマンス、胸に残るラストシーン、ローマの休日には、映画が表現できるあらゆる要素があり、それがとても高いレベルで実現されている。
よく指摘される事ですが、ローマの休日はオードリー・ヘップバーン演じるアン王女と、グレゴリー・ペック演じる新聞記者ジョーが出会うまでがとても長いのです。タクシー運転手に断られてやむなく自宅にアンを連れ帰る下り、ベッドでなく長椅子に寝かせる下り等、コメディとしては面白く見られるのですが「身分違いのロマンス」という本筋から脱線してるなあという印象。
しかし、この謎を解く鍵はタイトルにありました。原題の”Roman Holiday”は「ローマの」と「ロマンチックな」というダブルミーニングになっています。ローマの休日の公開当時(1953年)にはこの「ロマンティック」という意味が現在とすこし違っていて、スキャンダラスな意味も含まれていたのだか。 観客がそういう事を期待する中で、スクリーンに現れるのは清新な純愛劇。このギャップがローマの休日の魅力の一つになっていたそうです。
つまり、ローマの休日という映画を成功させるには、アン王女を自宅に連れ帰った新聞記者ジョーに「下心が全くなかった」ことを丁寧に描いておく必要があったのでしょう。現代人の感覚からすれば、介抱するために異性を自宅に連れ帰る事は、まあそれほどの重大事ではありません。しかしローマの休日が公開された1953年の感覚としてはジョーが下心を持つ事は許されなかったのです。
ローマの休日の冒頭シーンを「冗長だな」と感じることで「60年経つと色々変わるんだなあ」と感じられるし、それ以外のシーンに感動する事で「でも人間の本質は変わらないんだなあ」とも感じられる。よく出来た芸術作品は、時代を超えて愛される。その真価を教えてもらった気がします。ローマの休日、ぜひご覧ください。
王道のラブロマンス。王女様と新聞記者という通常では心を通わせることがない二人。そんな二人が一日だけの恋に落ちる。ローマの風景もいいし、古い映画ですが、いつまでたっても色あせないです。オードリーヘップバーンの可憐さが映画の最初と最後でどんどん変わってゆく感じもとてもいいですね。最初は小国の王女様が渋々といった感じで仕事をしていたのが、ジョーとの恋の後はすっかり大人の女という感じに成長しています。ジョーも特ダネになるところ、王女の魅力の前にはかなわなかった・・・。とてもいい話です。