彼岸花の紹介:1958年日本映画。小津監督初めてのカラー映画。アグファカラーを用い、赤いホーローびきのポットが特徴的な小道具として使われている。浪花千栄子のコメディ・リリーフが印象的。キネマ旬報ベストテンでは第3位に入選。
監督:小津安二郎 出演:佐分利信(平山渉)、田中絹代(平山清子)、有馬稲子(平山節子)、久我美子(三上文子)、山本富士子(幸子)
映画「彼岸花」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「彼岸花」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「彼岸花」解説
この解説記事には映画「彼岸花」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
彼岸花のネタバレあらすじ:起
東京のあるホテルで結婚披露宴が行われています。その中には大和商事常務取締役・平山渉の姿も見えます。この披露宴は平山の元同級生・河合利彦の娘のものなのです。披露宴の後、料亭で飲み直す平山、河合、菅井の元同級生仲間ですが、そこでは披露宴に姿を見せなかった同じ仲間の三上周吉の話題が出ます。
彼岸花のネタバレあらすじ:承
そして翌日、平山のオフィスを三上が訪問。彼が披露宴に出なかったのは、晴れがましい席に顔を出す気分になれなかったからです。というのも、三上には文子という娘がいるのですが、親の縁談話を無視して彼女が歳上の男とつきあい始め、ついには同棲まで始めたのです。平山は三上に頼まれ、銀座のバーで働いてる文子の様子を見にゆきます。場所を移して落ち着いて話を交わしますが、文子の考えに浮ついたところもなく、その場に姿を見せた相手の男性も好青年で、交際に反対すべき理由も見つかりません。
彼岸花のネタバレあらすじ:転
しかし、友人の娘に関してはそういう意見でも、いざ自分の娘となるとそうはゆきません。娘の節子が自分たちの縁談話を無視して、会社の同僚の男性と結婚するつもりだと知り、平山は腹を立てます。たまたま、平山一家と親しい京都の旅館のひとり娘・幸子にも気に添わない縁談話があり、節子は幸子と共同戦線を張ります。そして、幸子が平山のオフィスを訪ね、自分の話のようにして平山の本音を聞き出します。その言質を取ることで、節子が自分で決めた結婚を無理矢理承諾させるのです。こうなるともう平山の負けでした。
彼岸花の結末
旧友・河合を仲人にして節子の結婚式と披露宴が行われ、節子は結婚相手の赴任先である広島へ引っ越します。蒲郡竹島で平山たちの同窓会があり、今回は三上も姿を見せています。お互い、娘がいることの苦労を話し合った後、平山は京都の幸子の旅館へ。披露宴で平山が笑顔を見せなかったのを節子が気にしていたと聞かされて、罪悪感を覚えた平山は節子の新居を見にゆくことになります。列車にゆられながら平山は歌を口ずさみ、娘に会えるのを楽しみにするのでした。
佐分利信の重厚で渋い存在感がまるで通奏低音のようにこの映画を貫いている。その重さを中和する役割が浪花千栄子と山本富士子の母娘の絶妙なコンビネーションである。京女の飄々とした物腰と芯の強さが佐分利信(平山渉)を翻弄する。「柔よく剛を制す」と言うことだ。京女は怜悧狡猾(利口だが腹黒い)で小賢しい。佐分利が審判を下す閻魔大王の威厳を示せば、田中絹代は救いの手を差し伸べる観世音菩薩の光を放つ。絹代の慈愛に満ち溢れた柔和な微笑は一服の清涼剤でもある。この作品にはこのような両極の対比が幾つも見てとれる。劇中に平山家の戦争体験(防空壕)が語られ、平山が旧友たちと酒宴を囲むシーンでも何となく戦争の匂いがする。過酷な地獄ではあったものの、その時代を生き抜いた誇り高き男たちには幾ばくかの嫉妬を覚えた。彼等の価値観や世界観にはとてもついて行けないからである。ジェネレーションギャップである。この映画の神髄を味わうことが出来るのは、昭和20年以前に生まれた者たちに限定されるのではないだろうか。小津安二郎も従軍しているが、佐分利信やその仲間たちを通して大正から昭和の時代に生きた日本男児の古風な生き様を語って見せたのではないかと思う。小津安二郎のユーモアや小津調の独特の構図の妙や赤色やローアングルは鑑賞者に安心感と充足感を与える。列車に乗り込んで広島へと向かうラストシーンで、佐分利信が見せる寂しげで虚ろな表情がこの作品の本質を表している。諦観である。彼岸花と言う花の解釈には諸説あろうが、私は花言葉の「独立・諦め・悲しい思い出」を採用したい。戦前の古風な価値観と戦後10年以上経った現代的な価値観との葛藤や戸惑い。小津安二郎はこの映画に大東亜戦争を経て高度成長期へと舵を切る日本に対する郷愁やノスタルジーを投影している。小津が万感を込めて「彼岸花」を世に問うたのである。諦観の美学を結実させた小津映画の力作であり傑作であり集大成でもある。誠に深い作品である。