黒部の太陽の紹介:1968年日本映画。三船敏郎と石原裕次郎という二人のスーパースターのダブル主演によるこの作品は、世紀の難工事と言われた富山県・黒部ダムの工事に情熱を注いだ二人の男の姿を描いた超大作です。1969年と2009年にはテレビドラマ化もされています。
監督:熊井啓 出演者:三船敏郎(北川)、石原裕次郎(岩岡)、二谷英明(小田切)、宇野重吉(森)、辰巳柳太郎(源三)ほか
映画「黒部の太陽」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「黒部の太陽」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「黒部の太陽」解説
この解説記事には映画「黒部の太陽」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
黒部の太陽のネタバレあらすじ:起
高度経済成長の時代。関西電力は社運を賭け、黒部川上流に第四発電所ならびに第四ダムを建設する計画を立て、総指揮を執る太田垣社長(滝沢修)は工事の総責任者に北川(三船敏郎)を指名、現場主任には熊谷組の設計技師・岩岡(石原裕次郎)の父で、熊谷組の下請会社・岩岡土木社長の源三(辰巳柳太郎)が着任しました。源三は工事のためなら犠牲をも顧みない昔気質の人間で、かつて作業中の事故で長男(岩岡の兄)を失っており、父に反発した岩岡は家を出ていたのです。程なくして北川の家で酒席が開かれ、間組の国木田(加藤武)の計らいで北川の長女・由紀(樫山文枝)と岩岡はお見合いをすることになります。岩岡はトンネル掘削予定地に軟弱な地層の破砕帯があることを指摘、難工事になると予想します。
黒部の太陽のネタバレあらすじ:承
1956年8月、世紀の大工事と謳われた工事が着工されました。程なくして源三は体調不良を訴え、北川の熱意を受けた岩岡は父の代わりにトンネル掘削の責任者を務める決意をします。しかし、トンネル掘削は難航を極め、半年間で16名の犠牲者を出すなど苦戦を余儀なくされました。そして翌1957年5月、岩岡の危惧通りにトンネル掘削工事は破砕帯に突き当たり、大規模な山崩れや水漏れが発生して工事は一時中断を余儀なくされました。一向に工事が進まないなか、現場は地質学者の助力を得ながら様々な技術プランを立て、水抜き用のパイロットトンネルを掘りながら作業を進めていきます。
黒部の太陽のネタバレあらすじ:転
そんなある日、北川の家から現場に、次女(由紀の妹)の牧子(日色ともゑ)が倒れたという電報が届きました。診断の結果は白血病で、牧子は余命1年を通告されていました。既に由紀と交際を始めていた岩岡の計らいで、北川は一時的に家に戻りますが、大仕事を前に付きっ切りにすることはできませんでした。一方、長引く水抜き作業と難工事の恐怖、相次ぐ犠牲者に現場作業員には不安が漂い、一人また一人と作業員が辞めていきました。太田垣はこの危機的状況を打破すべく巨額の資金を調達し、シールド工法などありとあらゆる新技術を惜しみなく投入した結果、1957年12月にようやく最大の難所を突破します。翌1958年11月、岩岡は由紀と結婚しました。由紀は余命いくばくもない牧子に自身の白無垢を見せてあげます。
黒部の太陽の結末
1959年2月、遂に北アルプスを貫く長大なトンネルが貫通しました。現場の作業員が喜びに沸く中、北川は牧子が亡くなったという電報を受け取ります。それでも北川は悲しみを堪え、作業員に労いの言葉をかけます。トンネル工事が完了し、続いてダムの基礎工事が始まりました。岩岡は既に危篤状態に陥っていた源三を病院に見舞います。そして岩岡が、父が平然を装いながらも実は兄を失ったことを深く悔やんでいたことを知ります。程なくして源三は他界しました。そして1963年3月、北川の定年退職の日、遂に数多くの犠牲をはらいながらも黒部ダムは完成しました。ダムの壮大な光景を目の当たりにした北川や岩岡らは、それぞれの想いをかみしめながら深く見入っていました。
「黒部の太陽」感想・レビュー
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昭和31年。高度経済成長が始まった日本において、今後の電力供給能力を強化するために、関西電力は黒部峡谷に黒部第四ダムの建設を決めた。
工事責任者となった北川(三船敏郎)だったが、難工事が予想されるため、辞令の辞退を申し出るほどだった。
しかし、太田垣社長(滝沢修)の説得により、重い腰をあげることになる。一番の難工事は、トンネルの建設だ。
黒部のあたりは、フォッサマグナという破砕帯があり、地盤の中がどうなっているか解らない。
しかし、トンネルを作らなければ資材が運べず、ダムは完成しない。
言い換えればトンネルさえ開通すれば、ダム建設の見通しは立つのだ。トンネルの建設は間組が請け負う。だが実際に働くのは、下請けの人々だ。
その労務者を束ねるのが岩岡源三(辰巳柳太郎)だ。
源三の息子の剛(石原裕次郎)は、父のかつてのトンネル建設のためなら、どんな犠牲もいとわない父に反発していた。実は剛の兄も、かつて父の無理な命令によって命を落としていたのだ。
工事は始まった。心配された通り、破砕帯にぶつかった。
落盤と出水が全く止まらないまま何ヶ月も過ぎていく——–。この「黒部の太陽」の中心は、ダム建設ではなく、トンネルの話で、実際にトンネル作りが始まるまでは、会社のお偉いさんたちの会議が多くてやや退屈する。
それに、戦前の戦争を勝つために行われた無理な工事、それを推進した父と、戦後民主主義のもとに工事を行おうとする息子の対立。
しかし、工事が進むうち、自分は労務者たちの仲間だと思っていたが、実は労務者たちからは「俺たちに工事をさせて儲けるということじゃ同じトンネルのむじな」と言われてしまう。資本家、使用者、労働者の対立のドラマに持っていくあたりは、いかにも熊井啓監督とも言えるかも知れない。
それに、今観ると時代の違いを感じさせる。
もう高度経済成長そのものなのだ。
電力の為なら、自然破壊もなんのその。第一この映画には、自然破壊という概念がない。
ダム建設の時代だけではなく、映画製作時にもなかったろう。そして、工事が停滞すると「シールド工法というやり方もありますが、予算がかかります」と言うと、社長は「金で解決することなら遠慮せずに言ってください。金のことは私に任せて」と言い放つ。
3.11以降、原発問題で、如何にコスト削減の為なら、安全対策を怠ってきた電力会社の体質を観ているので、嘘くさくて、思わず笑ってしまった。
むしろ、コストがいくら掛かっても、電力会社としては、電力料金に上乗せすればいいから気にならないのかも知れない。そして、三船敏郎の娘は白血病で死ぬ。父は仕事で見舞いもそこそこ。
家族より仕事を大切にする時代の価値観そのものだ。
今の時代なら、こうはならないだろう。戦前派と戦後派の対立など、今観ると隔世の感がある。
今では高度経済成長の世代と、そのバブル崩壊以降の世代の対立ですからね。
ラストの犠牲者の碑を大きく写すところに、熊井啓監督の信条を見た気がしましたね。映画的見せ場の中盤の大事故シーン。
水が一気に溢れ出てくるシーンは、まさに圧巻の一言だ。
CGではない本物の迫力だ。
このシーンで、途中でストップモーションになるシーンがあるが、この後きっとカメラも流されたので使えないカットだったのだろう。ここで休憩が入るが、その後はなにをやっても水が止まらない八方塞がりというシーンが続いてやや退屈。
同じプロジェクトものなら「富士山頂」の方が面白かったという気がする。
尚、寺尾聡と宇野重吉が親子役で共演している。
寺尾聡は、これが映画初出演だと思うが、まだまだへたくそでしたね。だが、全体としては、大企業(関西電力や建設会社)の提灯持ち映画と言われても仕方がないような気がする映画だった。
そうならないように、熊井啓監督は、一生懸命に努力をしていましたが。
三船敏郎さんと石原裕次郎さんが共演した伝説の作品です。
後の高倉健さんの「海峡」に影響を与えたのは言うまでもないでしょう。
源三も長男を失っていたことを、気にかけていたんですよね。職人気質の人なので、弱みを見せまいとしていただけで。