絹代の初戀の紹介:1940年日本映画。松竹の大幹部、田中絹代が主演した小品です。撮影時の田中絹代は31歳。『初戀』を謳う年齢には些か無理がありますが、しかしその年齢がこの映画の隠し味になっています。東京の下町でせんべい屋を営む絹代は、幼なじみのおのぶと連れ立って芝居見物に出かけますが、あいにく当日券が売り切れです。そこへ見知らぬ男が2枚のチケットを差し出します。「よかったら、どうぞ」。男はそう言って去って行きました。「いい男ね」と囁くおのぶの脇で、絹代の恋はすでにはじまっています。はたして絹代の恋のゆくえは、というのがこの映画の見所です。
監督: 野村浩将 出演者:田中絹代(絹代)、河村黎吉(父 六達)、河野 敏子 (妹 光代)、 佐分利 信 (桐山昌一郎)、三枡豊(桐山誠之助)、葛城文子(妻)、 水戸光子(おのぶ)、吉川満子(おのぶの母)、坪内 美子 (房江)ほか
映画「絹代の初戀」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「絹代の初戀」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「絹代の初戀」解説
この解説記事には映画「絹代の初戀」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
絹代の初戀のネタバレあらすじ:起
戦前の東京下町。母親を早くに亡くした絹代は、父と妹の世話を焼きながら、せんべい屋を営んでいます。今朝も夜明けから寝床を出た絹代は、ふたり分の弁当をつくり、朝食の仕度を終えました。
最近物忘れが多くなった父、六達は、都心のホテルで長年ボーイを務めています。商業学校を出た妹の光代は、証券会社に通う21歳の事務員です。朝寝坊の光代をすこし乱暴に叩き起こした絹代は、やれやれと、今日も無事に2人を見送ります。
父と妹が出かけると、絹代はすぐに店の仕事にかかります。店先でせんべいを焼く絹代のもとに、その朝は美容室の店主、おのぶが現われます。「今日は髪結いの日よ」と促す幼なじみのおのぶに誘われて、あとを丁稚に任せた絹代は店の外へ出ます。隅田川河畔まで来たふたりの目に、なぜかそこにいるはずのない父、六達の姿が飛びこんできます。
六達は、墨堤の桜には目も止めず、うつむいてしきりに何事か考えこんでいます。絹代とおのぶが「こんな時間におかしなこと」と歩み寄ってゆくと、六達はバツの悪さを隠せません。しどろもどろな返答で困る六達を見て、「何か人には言えないことがあったんだ」と絹代はすぐに気づきます。せっかくのおのぶの誘いを今日は断って父子で家へ帰ることになりました。
絹代の初戀のネタバレあらすじ:承
家へ戻った六達が、言いにくそうに、上司に叱られて今朝、解雇になった話を絹代に切りだします。六達は絹代の小言を聞くのが嫌さに、あれこれと弁明しますが、絹代はすかさず「願ってもないことじゃないの」と言って一蹴します。年齢を重ねてそろそろ引退しようかと思っていた矢先、あちらから「辞めてくれ」と言うんだから、「こんないいことないわ、あたしとっても嬉しくてよ」とさらに声を明るくします。
絹代は、けっして冗談めかした皮肉を言っているのではありません。しかし、六達は、職場で功績のあった自分を「年老いたから」という理由で解雇した上司を「生意気で悪い奴だ」と一方的に決めつけます。絹代は、しかし相槌を打ちません。「お父さんがいままで一所懸命に働いてくれたから、あたしや光代が大きくなれたのよ、お父さん、もう働かなくて大丈夫」。そう言って、善良な心を持つ六達にそれ以上悪い感情が芽生えないよう善意の解釈で父親を慰めます。
そのあくる日、日頃の髷を解いて、流行りのショートカットに髪をアレンジした絹代は、おのぶと一緒に銀座へ歩きに出かけます。歌舞伎座の前まで来ると、ちょうど人気の演目『道行旅路の花聟』がかかっていました。
「見たいわね」。「見ましょうよ」と、絹代とおのぶはすぐに意気投合します。しかし、あいにくその日は当日券が売り切れています。すると、そこへひとりの男が現れます。
「券があまっているので、よろしかったら、どうぞ」
背格好のよい、なかなかのイケメンです。
「それじゃあ、あなたに悪いですから」と絹代。
「いや、もういらなくなったんで差し上げます、どうぞ」とぶっきらぼうですが、嫌味な様子はすこしもありません。
男は観劇券を2枚差し出すと「名乗るほどの人間ではありませんから」と言ったきり歩き去りました。「いい男ね」と囁くおのぶに対して、絹代は、もうすっかり「いい男」に魅せられています。観劇の間も「名乗るほどの人間ではありませんから」と言う声が、どこからともなく絹代の耳元に伝わってきます。隣りに座るおのぶが「どうしちゃったの?」と不思議がるほど、その日の絹代はまるで芝居見物どころではありませんでした。
絹代の初戀のネタバレあらすじ:転
絹代の妹、光代は、素直で飾らない人柄です。証券会社の海千山千の男性たちの中にあって、さらに気むずかしい性格だといわれている常務の桐山昌一郎に対しても、光代は臆することがありません。「みんなが怖がりすぎるから、却ってつけ上がるのよ」と言って同僚をはらはらさせますが、けっして強がりで人をけなしているわけではありません。
桐山昌一郎は、証券会社の二代目として入社した次世代の経営者です。大学を出てから多くの歳月を父親の会社で過ごしたにもかかわらず、昌一郎はいまだに自社の仕事に興味を示しません。出社はしてくるものの社内で暇をつぶすだけの毎日に昌一郎自身もさすがに嫌気がさしています。おべっかとご機嫌取りが多い社内の中で、唯一苦言を呈してくれるのが他ならない光代です。
光代は、昌一郎を好ましい人物だとは思っていません。多くの場合、昌一郎は従業員に高飛車な態度で接して横柄です。さらに「怠け者」であり「お酒飲み」で「贅沢」だと光代は昌一郎に釘を刺します。そして、一番いけないのは「ご自分の一生を賭けた仕事がないことです」と遠慮なく言って、昌一郎の悪い点をずばり目の前で指摘します。
その日から幾日経ったでしょうか。六達が桐山社長宅へ呼ばれて縁談を迫られます。言うまでもなく昌一郎と光代との縁談です。昌一郎にはまだ会ったことはなく、光代の気持ちも六達には分かりません。「とりあえず」と言って昌一郎の写真をたずさえて辞去した六達は、預かってきたその写真を自宅の居間で絹代に見せました。すると、絹代の顔が引き攣ります。歌舞伎座で絹代の前から立ち去った「名乗るほどの人間でない」あの男の顔写真がそこに写っていたからでした。
絹代の初戀の結末
絹代の恋は、六達が差し出した1枚の写真を手にした瞬間、まさに実らぬ恋となりました。しかし、光代の縁談の相手として、これ以上ふさわしい相手が他にあるでしょうか。「親切でやさしくて、誠実な人」。あの時、垣間見せてくれた気遣いを絹代はよく覚えています。絹代は「こんなにいい縁談はないわ」と太鼓判を押しました。
六達は、しかし下町の人らしく、育ちや身分、教育の違いが悪い結果にならないかと心配します。しかし、そんなことは光代次第だと絹代は気にしません。さらに、「あたしは光代の姉、光代の母」だと言ってしつけを厳しくしますが、その点はすこし出過ぎたようでした。昌一郎にふさわしい嫁にと思いやる気持ちが却って光代の反発を招いてしまいました。
昌一郎は絹代の初恋の人です。その昌一郎や両親に、光代を介して自分たち家族も良く見てもらいたい、そんな思いがにわか仕込みのしつけとなってしまったのかもしれません。しかし昌一郎は素のままの光代に恋をしたのです。昌一郎の両親も、弁当持参で会社へ通い、昌一郎にずけずけと良くない点を指摘する光代のありのままの姿に惹かれたのでした。
嫁ぐ娘の相手に対して必要以上に家柄を気にした当時の風潮を、絹代の思い違いを通して映画は諭しています。
以上、映画「絹代の初戀」のあらすじと結末でした。
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