どぶの紹介:1954年日本映画。新藤兼人版の『どん底』で、沼地に建てられた掘っ立て小屋の集落に住む貧しい人々の暮らしぶりを、喜劇仕立てで描いている。製作を担当したのは、新藤との名コンビで知られる名匠吉村公三郎。乙羽信子が普段と違う役柄を熱演。
監督:新藤兼人 出演:乙羽信子(ツル)、宇野重吉(ピンちゃん)、殿山泰司(徳さん)、菅井一郎(大場)、加藤嘉(博士)、神田隆(斎藤巡査)、下元勉(杉村巡査)、ほか
映画「どぶ」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「どぶ」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「どぶ」解説
この解説記事には映画「どぶ」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
どぶのネタバレあらすじ:起
工場で働く徳さんは仲間のピンちゃんとともに、河童沼のバラック群の1つで暮らしていました。
ストライキのために暇を持て余した徳さんは競輪場へ行きますが、そこでお守りがなくなったことに気づきます。それは東京大空襲の晩に自分の側に落ちた爆弾の破片です。
バラックへ帰って悔しがっているところに、ある女がその破片を家にわざわざ届けてくれます。ツルという名のその女は少し頭のおかしい浮浪者らしく、汚い格好でニタニタ笑ってばかり。ただ話すことはしっかりしていて、「元々満洲にいた」と自ら語り始めます。
どぶのネタバレあらすじ:承
ツルは終戦後は日本へ戻って女工として働いていたのですが、ストライキの末、クビになって無一文となり、ついには女衒に騙されて土浦に売られました。病気になってもお構いなしの酷い待遇に耐えかね、仲間と共謀して脱走します。
お金もなく空腹で行き倒れていたところに、徳さんがパンを恵んでくれたため、彼の後をついて回っていたのです。徳さんは恩があるとはいえ、薄汚い彼女を邪険に扱います。
ところが彼女が急に下駄の鼻緒に1000円を隠していたことを思い出し、それを提供してくれたために態度は急変。ツルはその部屋に居着くことになります。
どぶのネタバレあらすじ:転
お金をくれたにもかからわず、徳さんとピンちゃんはツルをうまく騙し、手広く商売をしている大場という男のところへ芸者として売り飛ばします。しかしお座敷に出ても天真爛漫に言いたいことを言う彼女はとても大場の手に負えません。
彼はバラックへ彼女を返しますが、それで困ったのが徳さんたちです。彼らはツルを売り飛ばしたその日に近所の人も誘って散々飲み食いしたため、手元にはその金がほとんど残っていません。
大場は金を返せとうるさく迫りますが、それを返すことになったのは、何と今度もツルでした。彼女は川崎駅の前に立ってパン助をやり始め、日に1000円の売上が出ます。
どぶの結末
やがて借金も返してホッとしますが、ピンちゃんが気の迷いでツルと寝ようとして拒否されたため、腹を立てて彼女を家から追い出します。
さらにツルは駅前でパン助たちと喧嘩になり、警官の拳銃を奪って発砲。仲間の警官がやむなく銃を向け、彼女は即死してしまいます。
彼女の死後、そのおかしな振舞いは性病のせいであることが分かり、徳さんとピンちゃんは彼女に同情して号泣します。バラックの人々も彼女にひどい仕打ちをした事を後悔しますが、もう後の祭りです。ツルはだびに付され、遺品だけがバラックに残されます。
以上、映画「どぶ」のあらすじと結末でした。
しばらくのあいだ 寝かせておいた「どぶ」を やっとみた。 膨大な数の「映画コレクション」の80%は未視聴であり、その中から幾つかをピックアップして解凍してゆく。 つまり私の場合は、映画を「或る程度 寝かせておいて熟成」させることが多い。 熟成と言っても映画そのものが「経年変化」するのではなく、鑑賞者の成長と「円熟・熟達」などの変化によって、「映画と鑑賞者の間」で新たなる「化学反応」が起きるのである。 「どぶ」も思惑通りに熟成していた。 タイトルシークエンスから本編に入り、4分~5分辺りのシーンが「神々しくて奇蹟」のようで「神がかっている」のである。 まるで「夢の中の出来事」のように「幻想的で抒情的な風景」がフワッと広がる。 これは多分に「適度に劣化」した「モノクロ映像の効果」が大である。 そして極めつけは、「か細い声」で 途切れ途切れに「もしもし」「ちょっと」「ちょっと」と、 息も絶え絶え に訴えかける「ツルの声」だ。 河川敷の草むらで「行き倒れになったツル」の「この世のものとは思えない」声と表情が堪らない。 この映像は「奇蹟」であり、だからこの時の「乙羽信子の顔は神々しく」 その身体の「存在自体もまた神懸って」いたのである。 だから私は、このシーンはツルの身体に「神が降臨」した瞬間ではないかと考えている。 つまりこのシーンは「映画史上で最高に美しい瞬間」だと思う。 だから感動のあまり しばらくの間 声が出なかった。 乙羽の演技もまた 神がかっていた。 乙羽のパフォーマンスは典型的な「憑依型」で、表情は元より その「人相までも」がすっかり「別人に変容」していた。 乙羽の表情のトレーニングは並大抵ではなかったはず。 乙羽の、この或る種の「様式化」された パフォーマンスは実に見事で、是非とも今すぐ「乙羽信子にアカデミー主演女優賞とカンヌ主演女優賞」を贈呈したい。 乙羽(ツル)の「ハイテンションでノリノリ」の「はっちゃけっぷり」が、この映画の「求心力」となって部落の住人を余すことなく巻き込んで、何もかも全てをすっぽりと「包み込んで」しまう。 だから「どぶ」はドタバタコメディの要素も併せ持つ「人間ドラマに仕上がって」いるのだ。 かつて「浜口庫之助」の作った曲の中に「みんな夢の中」と言うのがあった。 歌詞の結びは『 喜びも悲しみも みんな夢の中~ 』っとなっていた。 この映画「どぶ」を見ていて ふと浜口のこの歌を思い出したのである。 映画のラストでは「乙羽(ツル)」の「安らかな死顔」が印象的で、その見違えるばかりの 「美貌は夢みる乙女」そのものなのであった。 まさに「ツルが見た夢」を通してのみ、この「どぶ」と言う「寓話」が成立するのである。 つまり彼女がみた「夢」と、「河童沼」の住人たちが「見ていた現実」とは「乖離していた」のだ。 そのことが後日談として、ツルの死後に「ツルちゃんの小説」と題して語られる。 映画「どぶ」は、「河童沼と河童部落」の住人の「澱み切って沈滞している」「ありさま」を そのまま「リアルにスケッチ」した、これぞまさに「ネオリアリズモ」の傑作中の傑作だ。 だから「新藤兼人」こそは「 日本映画界の重鎮」にして、「ネオリアリズモ映画」の巨匠なのである。