女性の勝利の紹介:1946年日本映画。田中絹代という稀代の名女優がどんな役柄でもこなしていたことが改めて窺える作品です。もちろん彼女自身が生前語ったように、溝口健二とタッグを組むことは大きな刺激となったのでしょう、真摯な女性の生き方を監督の要求通りに演じ切っています。女性弁護士という役柄を得て立つ法廷内の熱気はひとり田中絹代がつくり出していると言っても過言ではありません。その意味で田中絹代の抜擢こそこの映画の成功に他なりません。また生方敏夫カメラマンのカメラワークは特筆に値します。せまい日本家屋内で繰り広げる緊迫感あふれる会話シーンを、息継ぎのない長回し撮影でとらえて観る者を圧倒します。
監督:溝口健二 出演者:田中絹代(細川ひろ子)、桑野通子(河野みち子)、高橋豊子(ひろ子の母)、松本克平(河野周一朗)、若水時子(河野の母)、徳大寺伸(山岡敬太)、三浦光子(朝倉もと)、紅澤葉子(もとの母)、内村榮子(ゆき子)、長尾敏之助(水島)、風見章子(原田時枝)、若水絹子(とみ)奈良真養(裁判長)ほか
映画「女性の勝利」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「女性の勝利」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「女性の勝利」解説
この解説記事には映画「女性の勝利」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
女性の勝利のネタバレあらすじ:起
1945年。終戦と同時に訪れた民主主義の新しい波が社会の中に広がりを見せています。上下意識と派閥構造の根強い法曹界においてもその波紋は拡がっています。女性弁護士のひとり、細川ひろ子(田中絹代)は、法廷内に限られていたそれまでの弁護活動を広く社会全般へ押し拡げたいと考えています。彼女は、男性中心の封建的な社会制度を脱した先にある女性の解放と自立とを呼びかけています。
ひろ子のよき理解者で恋人の山岡敬太(徳大寺伸)は、戦時中の思想統制下にあって五年間の投獄生活を余儀なくされました。終戦と同時に釈放された山岡は、獄舎内で肺を病み、監獄から解放されたいまは病院で療養生活を送っています。療養先を訪れる取材記者や教え子たちに対しては毅然たる口調で自由主義思想を語る山岡ですが、ひろ子や看護師の前では身体能力の衰えを隠せません。
山岡圭太をかつて国賊とまで断罪し監獄へ送り込んだのが検事の河野周一郎(松本克平)です。河野は戦時中、あらゆる自由主義者を社会から抹殺することで怖れられた人物でした。しかし法曹界を肩で風を切って歩く河野を見る目もしだいに厳しくなっています。かつて河野は法治国家の主権者であるかのように振る舞っていました。しかし自分の拠ってきたる基盤に崩壊の兆しが見えていることにも気づいています。
細川ひろ子の姉、みち子(桑野通子)は、家父長制を色濃く残す河野家に嫁いで夫を陰から支えています。家庭内においても河野は下男や女中たちを前に絶対君主を任じてはばかりません。また妻の外出先にも口を挟む夫です。みち子は、嫁しては夫に従いと封建的な教育を受けてきた女性です。しかし時代の勢いは激しさを増しています。夫が岐路に立つ姿を見てみち子も時代の変化を感じ取っています。
女性の勝利のネタバレあらすじ:承
「肉はいりませんか?」。細川家の勝手口のひき戸を叩く物売りの声がします。ひろ子が応対に出ると、乳飲み子を負ぶった若い母親が「余った肉だけどいかがですか」とその包みを広げて見せます。「ええ、ください」とひろ子は言い値で引き取る用意をしますが、ひろ子の母親(高橋豊子)がいち早く気づきます。ひろ子の小学校の同級生、朝倉もと(三浦光子)です。もとは包みをたたむと、ひろ子から逃げ、何も言わずに去って行きました。
朝倉もとは、実母と夫、生後間もない乳飲み子を抱えた四人家族です。夫は軍需工場で働く労働者でしたが、会社の敷地内でトラックにはねられ重傷を負いました。敗戦後、軍需工場は閉鎖され、その後会社は混乱を理由に朝倉の加療を放棄し便りを寄こしません。もとは夫の病状と先行きを懸念しています。狭い家に伏したまましだいに衰えてゆく夫につき添うもとを見る母親も娘が不憫でなりません。
夕刻、ひろ子が最寄り駅から線路わきに出ると、配給食を売って飢えをしのぐもとに出くわします。夫の病と乳飲み子を抱えるもとに、ひろ子は「挫けないで」と励まします。「これからはきっといい社会が来るから、坂の中途でひざを折らないで」。「たどり着く気持ちではなく、押し上がっていく元気を持ってね」と、まるで自分自身を鼓舞するかのようにいたわりの言葉を添えて去って行きました。
もとが再び細川家を訪ねてきたのは、それから一週間後のことでした。仕事を終えて帰宅していたひろ子の家へ錯乱状態のもとが現れます。夫が死んだこと。初七日の法要を終えたこと。亡き夫を哀しむあまり、胸に抱きしめた嬰児を窒息死させてしまったことを語ります。しかしひろ子は冷静です。一部始終を聞き終えたひろ子がもとを救う手立てを示唆します。もとが頷くと、ひろ子が弁護人を買って出ることになりました。
女性の勝利のネタバレあらすじ:転
嬰児殺しの容疑を着せられたもとの弁護を担当するのが細川ひろ子。犯罪を立証しようと裁判所へ訴え出ているのが検事の河野周一郎です。ふたりの弁論は、奇しくも封建主義を擁護する者と自由主義を顕彰する者との争いになりました。しかし、ひろ子はあくまでももとの将来を考えます。もとを自分たち女性の手で救い出すことが、もとにとっても社会にとっても意義のあることだとひろ子は考えます。
河野検事と細川弁護士の直接対決を阻止したいのが、夫と妹の間に立つみち子です。みち子は親戚同士の間に波風を立てたくない思いから法廷闘争を回避するようひろ子を説得します。しかし私事を公へ持ち込む姉をひろ子は軽蔑します。みち子はひろ子へ手を上げます。姉妹は決裂しますが、河野も時代の趨勢を肌で感じ取っています。ひろ子と血のつながりのある者を家に置いておくわけにはいかないと、みち子の判断を迫ります。
みち子は実家に戻ります。みちこの母も封建的な家庭に育った世代です。しかし、ひろ子の主張を許容できる時代になっていることを知っています。みち子には、いっそのこと河野の家を出てほしいとまで考えています。ひろ子も、姉の陥っている苦しみは自分で自分の首を絞めているだけだと言って自立へ向かう道を訴えます。
女性の勝利の結末
朝倉もとの裁判がはじまります。多くの女性たちが裁判のゆくえを傍聴席で見守っています。ひろ子は開廷間際まで山岡圭太の病室にいましたが、容体は悪くなる一方です。山岡はひろ子に言いました。「あなたの小さな手が大きなものを握っている」「あなたの肩には幾十万という正しい生活をしようとする人の救いを求める手が乗っている」「負けないでしっかりやるんですよ」。
検察側の論旨は河野その人らしく、いたって封建的です。嬰児殺人を計画的な犯行だと断定します。そのうえで、「どんな窮地に陥ろうと、母たる者が愛児を殺害するなどとは、母たる責任と義務、愛情において、けっして許されるものではない」と断定します。さらに、精神の錯乱を理由にわが子の命を絶つなど母性の欠損以外ではないと述べ、女性全般を広く戒める意味で実刑五年を求刑するというものです。
朝倉もとは、肩を垂れますが、無論ひろ子は見解を異にします。ひろ子は「被告人を窮地に陥れたのは、夫を死に追いやった工場であり、工場を軍事目的で利用した為政者である」と述べます。また「社会全般に被告人と似た境遇を持つ女性がいまも多くいて、いまだ男子による抑圧を受けています」。さらに「人に罪を与えることが目的ではなく、人を愛し人を救うことが真の裁判ではないでしょうか」と訴えて無罪を主張します。
ひろ子の頭には、もとのみならずみち子がいます。ひろ子が育った時代の風土と社会があります。それを下支えしていた女性たち特有の社会もあります。多くが一体となって女性自らを貶め、その地位を低く置き、男性社会を無批判に受け入れることで社会貢献と擬せるよう教育しています。
ひろ子を励まし続けた山岡が裁判の途中で逝きます。傍聴席にいたみち子がみごと河野を論断したひろ子を見て母に手紙を託してきます。「ひろちゃんへ・・わたしは生まれ変わります、わたしはもう人形のような女ではありません、立派にひとりの女となります・・みち子」。傍聴席が判決を待ち望んでいます。休廷を終えたみち子はふたたび法廷の廊下を踏みしめています。
以上、映画「女性の勝利」のあらすじと結末でした。
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