マネーボールの紹介:2011年アメリカ映画。弱小野球チームのゼネラルマネージャーに就任したブラッド・ピットが、統計から選手を評価するシステムを導入して、他球団では評価されていない選手を集めて、ワールド・チャンピオンを目指す。
監督:ベネット・ミラー 出演者:ブラッド・ピット(ビリー・ビーン)、ジョナ・ヒル(ピーター・ブランド)、フィリップ・シーモア・ホフマン(アート・ハウ)、ロビン・ライト(シャロン)ほか
映画「マネーボール」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「マネーボール」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「マネーボール」解説
この解説記事には映画「マネーボール」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
マネーボールのネタバレあらすじ1
元プロ野球選手のビリー・ビーンは若くして、アスレチックスのゼネラルマネージャーに就任する。しかし、就任してすぐにチームの主力選手が複数人、他球団に移籍してしまい、チームは益々弱体化する。このままの選手層では、ワールド・チャンピオンになることは無理だと思って、チームを大型補強しようとオーナーに提案する。しかし、資金難に陥っているチームに他球団のスター選手を獲得するのは不可能だった。
マネーボールのネタバレあらすじ2
そんなある日、ビーンは、イェール大学卒のインテリであるピーターと出逢う。ピーターは、各種統計から選手を客観的に評価するセイバーメトリクスを用いて、他人とは違う尺度で選手を評価していた。ピーターはそこで、その理論を推奨する余り、仕事ぶりは評価されていなかった。ビーンは、ピーターが推奨する理論に興味を持ち、自分の補佐として引き抜く。ビーンは、ピーターが推奨するセイバーメトリクスを用いて、他のスカウトには評価されていない埋もれた選手を発掘することになる。
マネーボールのネタバレあらすじ3
その理論を持ち込むことにより、どのような場面でもオールマイティに活躍できる選手ではなく、ある分野だけ異常に特化して強い選手を自分のチームに移籍させていく。統計を持ち込むことにより、自球団の選手の得意なこと苦手なことがデータで浮き彫りになっていく。ビーンは、統計データのみを頼りに、監督に選手を適材適所で使用するように指示する。この統計を用いた戦術は、選手や監督の批判が強く、中々協力体制を整えることが困難だった。監督などは意固地になっていく。
マネーボールのネタバレあらすじ4
しかし、次第に、ワールド・チャンピオンという目標のために、ピーターが推奨するセイバーメトリクスを用いた戦術を試すことに選手や監督も協力してくれるようになる。そして、ビーンが信じた戦術は、結果を現し始め、潤沢な資金で運営する他球団を打ち負かしていく。チームの改革が進んでいく。遂にリーグ戦の成績上位チームによる順位決定トーナメント出場を決める。
マネーボールの結末
しかし、アスレチックは、奮闘むなしくトーナメントで散る。ワールド・チャンピオンになる夢は叶わなかった。それにより、一時はビーンの戦術を指示した連中も離れていく。ビーンは、シーズンオフに大金で、資金力が潤沢なレッドソックスに誘われる。潤沢な資金で自分が信じる統計戦術を試す絶好のチャンスだったが、かつて、お金に目がくらみ、大学進学をせずに、プロ野球選手になり、一向に目が咲かなかった苦い経験を思い出す。大金に左右される判断は不幸を招くと思ってオファーを断る。2004年、レッドソックスは、ビーンたちが試した統計戦術を用いて、ワールド・チャンピオンになる。
この映画は、主力選手の流出と予算制約に悩まされたメジャーリーグ球団、オークランド・アスレチックスで、1997年にジェネラル・マネージャーとなったビリー・ビーンが、邪道扱いされていた統計的な「セイバーメトリクス理論」を積極的に取り入れてチーム編成を行い、他チームと互角以上に戦えるように奮闘した物語ですね。
もちろん、米国のメジャーリーグ・ベースボールが題材ではあるが、なにしろチーム編成に責任をもつGMが主人公であるから、選手たちや試合の勝ち負けといった野球の「表側」ではなく、選手を評価し、他チームと交渉し、トレードし、チームを編成していく、舞台裏の部分に焦点が当たっていて、野球好きのみならず興味深く見ることができますね。
ただ、この映画は、必ずしも「セイバーメトリクス理論」を優れた手法として紹介し、礼賛するものではない。
だいたい、客観的にみても、映画の中で説明されている程度の「理論」は、手法において、それほど洗練されているようには思えない。
統計的といってみても、分析の切り口や仮説の立て方、解釈次第で、いかようにも使えるものであることは、少し考えてみればすぐにわかることだ。
実際、この「理論」の映画の中での描写としては、旧来の常識に対するアンチテーゼとして波紋を呼びそうな極端なものばかりが強調されているように思います。
選手の評価という面はともかく、野球の試合における戦術という意味では、プリミティヴそのものなんじゃないか。
ただ、映画の中におけるこの理論の役割は明確で、要は、財務的に困窮していて、常識的には戦力補強ができない状況の中で、独自の着眼点で評価し直すことで「掘り出し物」を見つけようとした、そして、それがたまたま一定の成果を収め、注目を集めたということであり、それ以上のものではないと思いますね。
しかし、この映画が本当に描こうとしているのは、ブラッド・ピットが演じる主人公の個人的な戦いのドラマなのだと思います。
映画はこの人物のバックストーリーをこう紹介していく。
いわく、スタンフォードへの奨学金すら決まっていたのに、スカウト陣から素質万全とのお墨付きを得て、巨額の契約金と引換にプロの道へと足を踏み入れたが、結局のところ芽が出ることなく、未完の大器として現役を去ることになった、苦い挫折の経験の持ち主であると。
世間の常識に照らしあわせた人材の評価とは一体なんなのか、他人の評価や巨額のお金が一体何を意味するのか。
この映画の中で、人材の評価に新たな尺度を持ち込もうとする主人公の戦いは、そんなわけで、この人物が挫折から学び、人生をかけた雪辱戦に臨む戦いなのであるというわけだ。
そして、その戦いには、多分、終わりはない。チームがワールド・チャンピオンになれるか、なれないかに関わらず。
だから、この映画は野球を描いているようで、描いていない。
「弱かったチームが奇跡の連勝」といった、ありがちなフォーミュラに流し込んだりもしない。
あの年、アスレチックスが歴史的な連勝記録を作ったことは、物語の重要な要素として扱われているけれども、それをクライマックスにしていないし、実にあっさりした見せ方になっていることは、そう考えれば当たり前のことだ。
気合が入ると「熱演」しがちなブラッド・ピットは、主人公を自然体で演じていて好印象。
娘役の子役と絡んでいる姿がとても板に付いている。
主人公の片腕となる統計専門家は、実在の人物にかわって用意された架空のキャラクターだが、「実在の」という制約から解き放たれているぶんだけ面白い描かれ方をしていて、これを演じるジョナ・ヒルも好演だと思う。
ただ、チームの監督役にフィリップ・シーモア・ホフマンを起用しておきながら、脚本も、演出も、この人物にあまり興味がなかったのかと思う無駄遣いをしていますね。
主人公と対立する立場としては、海千山千のスカウトたちの存在があるから、監督の独自の立ち位置を見出しにくかったんじゃないかと思いますね。