三代目襲名の紹介:1974年日本映画。実在したの山口組三代目組長、田岡一雄の原作による東映実録ヤクザ映画です。現代では考えられない、組長以下組員やその他が全て実名で描かれているという内容で、三代目を襲名した田岡一雄率いる山口組が戦後の神戸を掌握する様子を描いたものです。今では絶対に作られない内容にカルト映画と呼ぶファンもいます。
監督:小沢茂弘 出演者:高倉健(田岡一雄)、松尾嘉代(ふみ子)、河合絃司(古川松太郎)、田島義文(森川盛之助)、大木実(隅谷末吉)、南利明(渡辺藤吉)、唐沢民賢(山田久一)、待田京介(吉川勇次)、安藤昇(菅谷政雄)、山本麟一(岡精義)、奈辺悟(大西利一)、白井孝史(佐藤淳郎)、渡瀬恒彦(地道行雄)、青木卓司(梶原清晴)ほか
映画「三代目襲名」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「三代目襲名」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「三代目襲名」解説
この解説記事には映画「三代目襲名」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
三代目襲名のネタバレあらすじ:起
昭和12年田岡一雄は二代目山口組組長を裏切った大長八郎を切り殺し懲役8年の刑を受け投獄されました。そのころ二代目山口組組長山口登は興業のトラブル解決のため東京の荒政組で話し合いをしていました。しかし話はこじれ荒政組の組員らに刺され重傷を負いました。そして山口登は病床の中、跡目を田岡に継がせると遺言を述べました。親分の死を知った田岡は、仇討ちの為に脱走を図りますが失敗します。昭和18年田岡は恩赦により2年の減刑を得て高知刑務所にて釈放されました。迎えには多くの組員が訪れ労をねぎらいました。田岡は妻のふみ子に、親分の仇を取ることを伝えました。そこにおじきの古川と森川が訪れました。田岡のあだ名は『クマ』と呼ばれるほどの暴れん坊でした。田岡がおじき達に親分の復讐を誓いますが、古川により親分の遺言として三代目になることを聞きました。田岡は公民権が無い為兵隊に行く必要が無いということもありました。
三代目襲名のネタバレあらすじ:承
田岡は賭場で知り合った男から女浪曲師・天遊軒清月を知りました。彼女がトラブルになっているのを助けた田岡は彼女の公演を見に行ったとき、この興業が荒政組だというのを知り、控室へ行き、興業を山口組に回していくれと頼みに行きました。すると荒政組の組員たちが来て喧嘩になりました。叩きのめした田岡は荒政組の組員に、待ってるから来いと言って追い出しました。田岡が天遊軒清月の部屋で一人で待っていると荒政組の組員たちが大勢やって来ました。田岡が関西支部長を始め多くの組員を叩き切った時、古川らがやって来て止めさせ、古川が、三代目になる男が何をやっているんだと責め立てました。その後ふみ子から妊娠を知らされました。そして田岡に赤ちゃんが生まれたころ米軍による空襲が激しくなり古川が死亡しました。田岡は賭場で天皇陛下の全面降伏の言葉により終戦を知りました。
三代目襲名のネタバレあらすじ:転
敗戦を機に神戸に住む第三国人らが暴徒と化し、略奪、婦女暴行など暴れだしました。そして略奪した品を闇市で日本人に売っていました。やりたい放題の光景を田岡らは見ているだけしかできませんでした。第三国人が支配する神戸の街を田岡一雄は山口組自警団を作り第三国人と闘う決意をしました。組員たちに山口組のハッピを与え、神戸市も劇場を本部として貸し出しました。不良第三国人の支配する新開地を山口組が襲いました。日本刀を指し、銃や手りゅう弾を持って襲い順次制圧しました。市民にも喜ばました。この戦いを見つめる自転車店の息子がいました。後の若頭地道行雄でした。組員でもない地道は一緒に戦い、その後田岡の家の前で田岡に子分にしてくれと頼みました。田岡も根負けし地道を子分にしました。一方第三国人組織は田岡を殺したら賞金を出すと宣言し全面戦争となりました。警察も田岡に町の警備を頼むと言ってきました。
三代目襲名の結末
田岡ら組員は警察署にバリケードを作り第三国人組織の襲撃に備えました。第三国人組織は夜トラックで突っ込んできて銃撃戦になりました。そして会長の朴が決闘書を送ってきました。応じなければ神戸市民を殺すと書いていました。田岡は吉川と共に会長の朴に会いに行きました。会長に会う前に、組員たちが田岡を殺そうとしました。その時神戸の国際ギャング団の通称ボンノ、菅谷政雄がやって来て第三国人たちを収めました。その後ボンノは田岡の子分になりました。田岡はおじき達の呼ばれ、早く三代目を襲名せよと言われました。そして須磨にて襲名式が行われ、舎弟頭に山田久一、若頭に吉川勇次が任命されました。そして田岡は吉川を始め幹部に麻薬と博打だけは絶対に手をだすなと組員たちに徹底せよと伝え、これからは金が出来たら何か商売をせよと命じました。荷役港湾業務で対立する花村組の組員に田岡が襲われ、地道と後の若頭梶原の応援で事なきを得たが、その後地道らが集団を率いて花村組に殴り込みに行きました。昭和24年田岡は神戸港の荷役業務を一手に引き受け管理しました。田岡の野望は続きます。
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