しとやかな獣の紹介:1962年日本映画。団地の一室を舞台とした新藤兼人のオリジナル脚本を川島雄三が映像化。キネマ旬報ベストテンでは6位に入選した。後に演劇台本にアレンジされ、上演される機会も多くなっている。
監督:川島雄三 出演:若尾文子(三谷幸枝)、船越英二(神谷栄作)、山茶花究(吉沢駿太郎)、高松英郎(香取一郎)、川畑愛光(前田実)、伊藤雄之助(前田時造)、山岡久乃(前田よしの)
映画「しとやかな獣」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「しとやかな獣」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「しとやかな獣」解説
この解説記事には映画「しとやかな獣」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
しとやかな獣のネタバレあらすじ:起
じめじめとした残暑の続くある年の初秋、団地の一室で五十年配の男と女が忙しそうに家具を運んでいます。男の名前は前田時造。そして女はその妻のよしのです。金のかかった調度品などを奥の部屋に隠した後、ふたりはやってきた客たちを迎え入れます。客は芸能事務所「ハイライトプロ」の香取社長、その秘書の三谷幸枝、歌手のピノサク・パブリスタの3人。前田夫妻の息子・実はハイライトプロの社員なのですが、ピノサクをはじめとした所属タレントのギャラ100万円を着服し、そのまま姿をくらましています。その金を前田夫妻に立て替えてもらうよう、交渉に来たのでした。しかし海千山千の時造は何のかんのと言い逃れをして、責任を取ろうとしません。仕方なく3人が引き上げると、それを見計らったかのように、実が帰ってきます。父親も母親も裏でグルになっているため、息子を責めようともしません。時造は「事業を起こす」と言って実から金をせびろうとしますが、父親に商才のないことが分かっている実は頑として応じません。そこへ実の姉である友子が帰ってきます。彼女は流行作家である吉沢駿太郎の愛人でした。実がハイライトプロに採用されたのも吉沢の口利きによるものです。
しとやかな獣のネタバレあらすじ:承
友子は吉沢と喧嘩をして逃げ出してきたのですが、それは時造や実のせいです。友子が愛人になって以来、父子は吉沢に借金を申し込んだり、名刺をもらって銀座で豪遊したりして、散々その金にたかってきたのです。友子は「もう仲直りできない」とため息をついていますが、吉沢が友子に首ったけだと分かっている時造やよしのは、きっと謝りに来ると慰めます。そして案の定、吉沢はわざわざ自分から前田家にやってきます。吉沢は特に実に対して腹を立てていました。彼が金をネコババしていたのはハイライトプロだけではありません。代理人のふりをして出版社から吉沢の原稿料を騙し取っていたのです。そのことを責められると実は「俺をモデルにして小説を書いたじゃないか。金をもらって当然だ」と居直ります。憤懣やるかたない吉沢ですが、友子にはまだまだ未練があるため、その場はおとなしく去っていきます。
しとやかな獣のネタバレあらすじ:転
一家で蕎麦を食べた後、時造は散歩に、よしのは買い物に出かけます。実と友子が昼寝をしていると、また来客がありました。さっき香取社長たちに同行してきた秘書の三谷幸枝です。幸枝は実と肉体関係があり、彼が着服してきた金のほとんどは幸枝に貢いできたのでした。友子が隣で寝ているにもかかわらず、実はその場で幸枝を抱こうとします。しかし、幸枝はやんわりと拒否。前田家を再び訪問したのは、実に別れを切り出すつもりだったのです。「何故だ」と問いつめる実に、「仕事を辞めて旅館を経営するのだが、女主人は身の回りにキレイにしないといけない」と答えます。別れ話はこじれますが、あくまで幸枝は冷静です。と、そこへ幸枝の辞表を手に香取社長も姿を見せます。幸枝は香取社長とも肉体関係があり、裏金の詳細も握っています。さらに裏金の提供先のクライアントともねんごろで、巧みにその裏金を手に入れていたのです。香取は会社を辞めないように懇願しますが、幸枝は実の時同様、あくまでクールな様子を崩しません。香取社長は幸枝をののしりながら帰っていき、幸枝もすぐその後で前田家を去ります。
しとやかな獣の結末
翌日、幸枝がみたび前田家へ。今度は苦情を言うためでした。旅館開業の日に酔っ払った実が押しかけ、「泊めろ泊めろ」と駄々をこね、従業員の前でふたりの関係をベラベラと喋りたてたのです。さらに前日と同じように香取社長がやってきます。税務署員の神谷という男が香取が提供した裏金のせいでクビになったため、その火の粉が降りかかる可能性があります。その対策のため、詳細を知っている幸枝の手助けが必要なのでした。幸枝は香取の苦境など我関せずという態度でとっとと逃げ去ってしまいます。仕方なく香取は金を新たに支払うことで実に罪をかぶることを承知させます。香取が去った後、くたびれた顔の男が前田家にやってきます。クビになった税務署員の神谷でした。彼は幸枝を探してやってきたのです。彼女が去ったと知ると、神谷は帰ろうとしますが、ふと気を変えて団地の屋上へ。やがて前田家全員が思い思いにくつろいでいるところに救急車のサイレンの音が聞こえてきます。よしのが窓の外を見ると、飛び降りた神谷の死体が降り出した雨に濡れていました。
「しとやかな獣」感想・レビュー
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平凡な団地の一室で繰り広げられる非凡なテイストの人間ドラマでは2LDKのコンパクトな間取りの中を縦横無尽にカメラが飛び回る。これは最早人間の目線と言うより昆虫か何かの目線である。虫の目を借りてでも貪欲に容赦なく人間観察を続けてゆく川島雄三の執念は凄まじい。そして人間の本性が剝き出しになった瞬間に獣の本能が顔を覗かせる。ある種の獣は巧妙に擬態して敵の目を欺く。前田家の面々もそれぞれが役割分担をしてチームプレーで攻撃をかわし撹乱し翻弄する。状況に応じて柔軟にアドリブで迎え撃つのである。父(伊藤雄之助)と母(山岡久乃)は挑発には乗らず決して感情的にはならない。「暖簾に腕押し」「柳に風」「蛙の面に小便」、こう言う人々が一番厄介なのである。冒頭に前田夫妻がルノアールの絵やテレビを隠すシーンがあるが、この夫婦は物品だけではなく本心や良心なども部屋の奥に隠してしまう。伊藤雄之助の人相がアニメのキャラクターのような異彩を放つ一方で、山岡久乃の表情はのっぺりとしていてまるで能面のようだった。その山岡久乃の能面のような無表情(無感情)の不気味さを盛り上げるかのようにラジオからはけたたましく能囃子が鳴り響くのである。この部屋はいったい能舞台なのかはたまた狂言の為の舞台なのか。さて、この舞台に登場する役者は全員が一世一代の大芝居を打って騙し合いの泥仕合になる。これぞなりふり構わぬ人生の修羅場であろう。一見して手狭なスペースの奥には煩悩の地平が広がり欲望の谷が醜怪な口を開けている。この作品は新藤兼人の設計図に基づいて川島雄三が綿密に建造した欲望の大伽藍だ。紅紫織りなす燃ゆる夕焼けを背景にして前田姉弟が狂乱の舞を演じるシーンが胸に響いた。刹那に生きて瞬間に燃焼せざるを得ない人間の哀しい性(さが)を描くこの映画の象徴的なシーンでもあった。ブラックユーモアとシニカルなスパイスが効いたこの人獣戯画たる「しとやかな獣」は、決して一筋縄ではいかぬ珍妙なる料理であり川島雄三と言う名シェフが精魂傾けた逸品なのである。経験を積んで知識を身に付け感性を磨くことで初めて高級料理の神髄が理解できるのである。川島雄三の「しとやかな獣」は鑑賞者を選び鑑賞者を育てる複雑な味わいの高級珍味なのである。この実験的で革新的な作品は川島雄三の大胆で野心的な大傑作だと確信している。
この映画のエンディングがいい加減ですね。結局自殺で終わるわけですが。その後警察沙汰になるのか?しかし、どちらにしても、税務署を首になった方は警察に出頭すると言っておられる。ど、言うことは自殺してもしなくても警察沙汰になる事になる。なんか最後の締めがおかしい、若尾文子の演ずる女性は税務署の方自殺したら警察沙汰になると言っているが、失脚で済むでしょうと言っているが、実際は自殺してしまう。若尾文子演じる女性は周りの獣達同様に罰せられるなのか?どうも、しっくりしないエンディングになっている、山岡久乃の最後の表情は何を意味しているのか?