ファイト・クラブの紹介:1999年アメリカ映画。主人公は高級ブランド品収集が趣味の冴えない男性。職業は自動車会社のリコール担当。不眠症に悩まされていた主人公は精神科医の勧めで、睾丸ガン患者の集いに参加する事にした、そこで出会う謎の女性マーラ。仕事で全米を飛び回っていた主人公が飛行機で出会う怪しげな自称石鹸屋タイラー・ダーデン。彼との邂逅が主人公の人生を大きく流転させる…。
監督:デヴィッド・フィンチャー 出演:エドワード・ノートン(ジャック)、ブラッド・ピット(タイラー・ダーデン)、ヘレナ・ボナム=カーター(マーラ・シンガー)、ミート・ローフ・アディ(ロバート・ポールセン)、ほか
映画「ファイト・クラブ」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ファイト・クラブ」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ファイトクラブの予告編 動画
映画「ファイト・クラブ」解説
この解説記事には映画「ファイト・クラブ」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ファイトクラブのネタバレあらすじ:起
拘束され銃口を咥えさせられた主人公の「僕」(エドワード・ノートン)。あと2分で周囲12棟のビルが爆発するらしいこと、“騒乱(メイヘム)計画”というこの爆破計画を仕切るのは「僕」に銃を突き付けているタイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)という男だということ、今、僕がこんな状況に陥っているのはマーラ・シンガー(ヘレナ・ボナム=カーター)という女性に関係があるということが彼、名前を明かされない主人公「僕」の独白によって説明されます。
高級ブランドのファッションに身を包み、高層アパートの一室を取り憑かれたように高価な家具や家財道具で埋め尽くしているビジネスマンの「僕」には、不眠症という悩みがありました。 睡眠時間は日増しに短くなり、会社でも仕事の能率が上がらず上司に睨まれる日々。
医者の診察を受けるものの「目を覚ますと記憶と違う場所にいる「僕」。薬を出して欲しい」と言う彼に向かって、医者は親身とは言い難い態度で「君より不幸な者はいくらでもいる。睾丸ガン患者の会でも覗いてみろ」と言い放ちます。
見ず知らずのガン患者の苦しみの告白を聞いて不思議と心が揺さぶられた「僕」は、気がつくと睾丸ガン患者の元ボディビルダーの 巨漢ボブ(ミート・ローフ)と抱き合って泣いていました。その夜は久しぶりにぐっすり眠ることができた「僕」。
病み付きになり、アルコール依存症、結核、血液感染 過食 あらゆる種類のガンの自助グループの会合に顔を出し、自分も患者の振りをして他の患者達と抱き合いながら涙を流すことが、彼の日課のようになりました。
泣いた後は気持ち良く眠ることができるため、不眠症が改善されたと思った時、「僕」はある一人の女性の存在に気がつきました。睾丸ガン患者の会に不機嫌そうにたたずみ、タバコをふかす女・マーラは、注意してみると他の会合にも参加しています。
自分以外にも病気を偽っている人物が存在しているという事実は彼を動揺させ、不眠症が再発。無愛想なマーラに一方的に詰め寄り、グループセラピーの曜日を分けてお互いに顔を合わせないようにすることを約束させ、連絡先をメモしてマーラに渡して別れました。
ファイトクラブのネタバレあらすじ:承
そんな「僕」は普段はとある自動車メーカーのリコールを担当するサラリーマンです。ある事故の調査の出張のため飛行機に乗り、そこで隣り合わせの席に座ったのが、風変わりな自称石鹸屋のタイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)でした。
「僕」と同じ型のスーツケースを持ち、「家にあるもので石鹸でも爆弾でも作れる」と豪語するタイラーに言い知れぬ魅力を感じる僕。彼と別れ、自社製の自動車が起こした凄惨な事故を事務的に処理し、帰宅しようとした僕の目に飛び込んできたのは、爆発炎上して規制線の張られた自室の風景でした。
途方にくれた僕はタイラーとバーで落ちあう約束を取り付けます。落ち込む僕にタイラーは物質的な欲望に支配される愚かさを説くと、こう提案します。「お前を俺の家に泊めてやるがその代わり、俺と殴りあいをしろ」と。
初めは戸惑っていた僕ですが、いつしか本気でタイラーと殴りあっていました。通りの酔っぱらい達が彼らの殴りあいを遠巻きに面白そうに眺めています。血だらけになりながらも「僕」は生まれて初めて生きている実感を噛み締めていました。
ファイトクラブのネタバレあらすじ:転
タイラーは、ウェイターと映画のフィルム編集の仕事を掛け持ちしています。しかしウェイターの仕事では、こっそりと料理にくしゃみをかけたり、スープにおしっこを混ぜたり、フィルムをつなぐ時にはファミリー向けの映画の中に一瞬だけポルノ映画のシーンを紛れ込ませたり、まじめな態度とは言えません。
そんなタイラーと「僕」は廃墟同然の建物で同居しながら、土曜日の夜は殴りあい、それぞれの暮らしを続けていました。
毎週の僕達の殴りあいにはギャラリーが増え、いつしか彼らも殴りあいに参加するようになります。「ファイト・クラブ」と名付けられた集会はメンバーを増やし、会場もバーの駐車場から、タイラーが強引にオーナーをねじ伏せて使うことになった地下室に変わり、メンバー以外にはファイト・クラブの存在を明かさないという鉄則を始め厳格なルールがいくつも作られました。血にまみれる快感に溺れ、「僕」は仕事中はほとんど上の空で過ごすようになりました。
そんな時、マーラから「薬を大量に飲んだ」という電話がかかって来ます。「僕」はこの電話を無視しようとしましたが、タイラーがマーラを助け、家に連れ込みました。タイラーとマーラは激しいセックスを繰り広げます。生活を邪魔されたと感じた「僕」は苛立ち、マーラに冷たくあたります。
会社勤めはますます上手くいかなくなり、警察からはアパートの爆発は自作自演ではと疑われています。
そんな中でタイラーと「僕」は美容クリニックの医療廃棄物置き場から盗み出した吸引後の人間の脂肪を使った石鹸作りに励みます。この石鹸はなかなかの人気商品なのです。いわゆる「普通の生活」からはどんどん解離してゆく「僕」ですが、ある時タイラーは「僕」の手を石鹸作りに使う薬品でいきなり焼きました。
激痛にのたうち回る「僕」に、「お前は破滅を知らない」「痛みを受け入れろ」と言うタイラーの手には僕のと同じような傷がありました。
ファイトクラブの結末
ファイト・クラブのメンバーはどんどん増え、今や街のあらゆるところにメンバーがいます。メンバーはタイラーから様々な社会的に逸脱した振る舞いをすることを宿題として求められます。「僕」も課題に倣って職場の上司に喧嘩をふっかけておいて自分で自分を殴り、まとまった金を巻き上げて退職し、ファイト・クラブの活動に専念し始めました。
タイラーの言動とクラブの活動はますます過激になり、「僕」とタイラーの自宅には“スペース・モンキーズ”と名付けられた親衛隊のような集団が常にひしめき合うようになります。
その中には元睾丸ガン患者のボブの姿もありました。タイラーの命令に絶対服従し、“メイヘム計画”の準備と称して不穏な行動を取るモンキーズに「僕」は言い知れぬ不安を感じるようになっていきます。
しかも計画の内容は誰に尋ねてもクラブの規則を盾に「尋ねるな」と一蹴され、いよいよ不満がつのります。クラブと警察の攻防は激しさを増し、ついにはボブが命を落としましたが誰も意に解しません。
クラブは反社会的な集団として世間を騒がせ、ついには犯罪組織として当局が取り締まりに乗り出しますが、メンバーは警察の高官をリンチします。「僕」がタイラーにもクラブにも愛想を尽かしかけた時、不意にタイラーが姿を消します。タイラーの部屋には大量の飛行機のチケットが残され、彼が各地をめぐっていたことがわかりました。
タイラーの足跡を追う「僕」。全米各地にファイト・クラブの支部があり、関係者は口を揃えて「彼は去った」と答えます。しかし、ついにある一人の男の返答から、「タイラー」は「僕」が作り出した「僕」の理想の人格であり、「僕」こそがタイラー・ダーデンであることが判明しました。
衝撃を受けながらも、すでに動き出したメイヘム計画を阻止しようとする僕の前に、突如タイラーが現れました。計画はやめさせないということと、タイラーと「僕」が同一人物であると気づいているだろうマーラを始末する、と告げて姿を消すタイラー。「僕」はマーラに金を握らせ、今までの不自然な態度を謝り、一刻も早く身を隠すように言って別れました。
爆破予告がされたビルへ向かう「僕」。必死で爆弾を解除しようとする僕の前にタイラーが現れます。気が付くと「僕」はビルの最上階で拘束されていました。メンバーに拉致されたマーラの姿もあります。
爆破の時間が迫るなか、「僕」はタイラーを倒すための決断をします。「僕」自身であるタイラーを消すために「僕」は自分に向かって銃の引き金を引いたのでした。
タイラーは消え、血まみれになりながらマーラの手を取った「僕」。「これからは全て良くなる」そう語る「僕」と驚くマーラの目の前で、いくつもの巨大なビルが崩れ落ちてゆくのでした。
以上、映画「ファイト・クラブ」のあらすじと結末でした。
「ファイト・クラブ」感想・レビュー
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ヒョロっとした取り柄のない男が主人公。ブラット・ピット演じるタイラーと出会うことで主人公の人生が大きく狂っていくワケですが。
ブラット・ピット目当てで見ましたが、映画通して血みどろ&得体の知れない狂気みたいなモノに覆い尽くされている感じで、ブラット・ピットの切れた演技は流石の一言でしたね。映画自体はとにかく話が分かりにくいの一言でした。ラストなんてもう、なんど見てもどう解釈して良いのか迷う作品です。デヴィッド・フィンチャー監督のことなので、まさかの『幻覚落ち!』なんて事はないんでしょうけれども。。。ちょっと僕には難しかった映画ですかね。 -
もともとPixiesというバンドが大好きで、ファイトクラブの挿入歌としてwhere is my mindという曲が使用されていたので観ようと思いました。現代人の疲れ切った日常、現状を打破したいという欲求、人間の理想像という部分が凝縮されている映画でした。先述したPixiesの楽曲の歌詞ともマッチングした映画であり何度見ても面白い、流行り廃れのない映画だと思いました。
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冴えない生活を送る不眠症の主人公が出会った風変わりな男と始めた共同生活。
一緒に組織したアンダーグラウンドのファイト・クラブ。そこには夜な夜な男たちが集まり、お互い、殴り殴られる真剣勝負の刹那。
組織は主人公の知らぬところで日に日に拡大し、当初の目的を逸脱していくのだった——–。チャック・パラーニックの原作を新人脚本家ジム・ウルスが脚色し、「セブン」、「ゲーム」のデヴィッド・フィンチャー監督の問題作だ。
出演はエドワード・ノートン、ブラッド・ピット、ヘレナ・ボナム・カーター。病んだ作品世界に病んだキャラクターと濃い役者。
過剰に攻撃的なダストブラザーズによるスコア。
後半のとんでもない展開の伏線が、なんとサブリミナル映像というルール違反。
破綻寸前でまとまった危うさ。いびつだが、魅力的な傑作、というか、他ではまず見られない大怪作だと思う。CGの助けを借りて、自在に動きまわるカメラに象徴されるように、スタイルと物語が拮抗し、ときにスタイルそれ自体が強烈に自己主張を始める。
セックス・シーンですらCG処理してみせる、そのあまりに人為的な映像。
その居心地の悪さ、そして面白さ。そして、その必然性。どんな作品にでも自分の刻印を明確に刻み、しかし、あくまで商業映画の枠の中で消化してきたフィンチャーだが、ここにいたっては、もはや「ベストセラー原作の映画化」をダシにして、世界を挑発しているとしか思えない。
曲者俳優エドワード・ノートンとスター俳優ブラッド・ピットが肉体改造をして熱演しているが、画面に映らない映画監督が、その両方を食ってしまっているといってもいいほどの存在感はなんなのだろう。
見た目のスタイルや刺激に惑わされそうだが、この作品は、その裏に隠されたテーマ性ゆえに、必ず、映画史に後々まで残る作品になるだろう。
日に日に肉体的なリアリティを失うサイバーな世紀末に、原初的な衝動をあらわにして殴り合う男たちを置き、1980年代から引きずり続けてきたヤッピー文化の尻尾と、膨張する資本主義を鋭く撃ち抜く危険な映画であると思う。
それを象徴するのが、この作品のラストシーン。このヴィジュアルイメージに、背筋が震えた。
初めて観た時に感じた衝撃をどう表現すればいいのだろう。
何度、観返しても惚れ惚れとする作品だ。
「ファイトクラブ」は「名前は知っている」ぐらいの状態で見た。非常に良かった。ブラッド・ピットがあの役で、実は……というのがめちゃくちゃ良いと思った。映画全体のトーンはいわゆるマッチョな価値観が全体を覆っていて、見ていてその割り切り方が実に清々しいと思った。見て良かったと思っている。