新選組の紹介:1969年日本映画。名優・三船敏郎が率いた「三船プロダクション」の製作による時代劇です。監督を時代劇や仁侠映画の巨匠・沢島忠が、脚本を『次郎長三国志』『鞍馬天狗』シリーズなどの松浦健郎が手掛け、主演の三船はプロデュースも手掛けています。激動の幕末を舞台に、新選組の結成から崩壊までを描いていきます。
監督:沢島忠 出演者:三船敏郎(近藤勇)、小林桂樹(土方歳三)、北大路欣也(沖田総司)、三國連太郎(芹沢鴨)、田村高廣(伊東甲子太郎)、中村賀津雄(河合喜三郎)、四代目中村梅之助(山南敬助)、司葉子(つね)、池内淳子(お雪)、星由里子(お孝)、野川由美子(お梅)、三代目中村翫右衛門(勝安房)、萬屋錦之助(有馬勝太)ほか
映画「新選組(1969年)」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「新選組(1969年)」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
新選組の予告編 動画
映画「新選組(1969年)」解説
この解説記事には映画「新選組(1969年)」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
新選組のネタバレあらすじ:起
永く太平を保ってきた江戸幕府の力も陰りを見せていた頃の文久2年(1863年)1月。時の江戸幕府将軍・徳川家茂の警護を目的として「浪士隊」が結成されました。武州多摩で天然理心流の道場「試衛館」の道場主である近藤勇(三船敏郎)は門弟の土方歳三(小林桂樹)や沖田総司(北大路欣也)らと共に浪士隊に加わる決意をし、妻・つね(司葉子)に幼い娘を託すと京に向けて出発しました。
浪士隊には水戸天狗党の残党である水戸浪士の芹沢鴨(三國連太郎)や新見錦(内田良平)らも加わっていました。やがて京に着いた浪士隊でしたが、隊を率いる清河八郎(御木本伸介)は攘夷を説き、江戸へ逆戻りすると号令をかけました。
これに反発した近藤、土方、沖田、芹沢ら13名は浪士隊を脱退して今日に残り、京都守護職である会津藩藩主・松平容保(山崎竜之介)御預けの身となって京を警護する「新選組」を結成しました。芹沢が筆頭局長に、近藤が局長に就任しました。時に文久2年3月のことでした。
新選組は隊士を募り、戦力を増強していきました。隊士の志願者の中には、町民の出身で読み書き算盤を得意とするも剣術が苦手な河合喜三郎(中村賀津雄)がいました。河合の熱意を買った土方は彼を勘定方として採用することにしました。そして新選組は厳しい掟を作り、破った者は切腹と定めました。近藤は掟が嫌なら去れと隊士たちに告げました。
新選組のネタバレあらすじ:承
この頃から芹沢は呉服屋の女房であるお梅(野川由美子)を妾にして屯所に出入りさせるようになり、芹沢の一派は商人を脅して金を奪ったり見境なく町人を斬ったりと狼藉を働くようになっていきました。
近藤は芹沢を説得しましたが、芹沢は態度を改めようとはしませんでした。近藤や土方、沖田らは芹沢を粛清することにし、雷雨の夜にお梅と寝ていた芹沢を襲撃して斬殺しました。近藤一派は更に新美も斬り、ここに新選組の実権は近藤が完全掌握することとなりました。
元治元年(1864年)。近藤らは密偵の報告により、長州や土佐などの尊王攘夷派の志士たちが御所焼き討ちを計画していることを知りました。新選組はわずか5名で志士たちが潜伏していた池田屋を襲撃しましたが、沖田は斬り合いの最中に突然血を吐きました。その後、沖田は医師の診断の結果、肺結核で余命2年と宣告されました。
ある時、新選組の軍資金が50両ほど足りなくなっているという事案が発覚しました。責任を問われた勘定方の河合は身に覚えがないと否認、河合と親しい沖田や山南敬助(四代目中村梅之助)は実家から金を送ってもらうという河合の言い分を信じて命乞いをしました。近藤も期日までに金を持ってくるとの条件で沖田らの要望を聞き入れましたが、期日までに金は届かず、河合は切腹することになりました。
しかし、町人出身で武士の作法を知らぬ河合は逃げようとして土方に斬られました。その後間もなくして金は届き、近藤は土方に待ってやれなかったのかと問いましたが、土方は自分は新選組のためにやったのだと主張しました。実は消えたこの50両は、近藤が太夫だったお雪(池内淳子)を身受けするために持ち出していたのです。
新選組のネタバレあらすじ:転
血生臭い新選組に嫌気がさした山南は組からの脱走を試みました。山南を追いかけた沖田は自分は余命幾ばくもないので逃げるよう告げ、乗ってきた馬を差し出そうとしました。しかし、山南は自分が逃げれば沖田も責任を問われると思い直し、覚悟を決めて隊に戻りました。そして山南は近藤と土方に時の流れに飲み込まれないよう忠告すると、沖田の介錯で切腹を遂げました。
近藤は妾となったお雪の家に滞在していました。そこに以前に大切な人を近藤に斬られた女・お孝(星由里子)が現れ、近藤を刺そうとしました。お雪は自分を殺せと近藤を庇い、お孝は「嫌いや! 勤皇も佐幕もみんな嫌いや。人殺しはみんな嫌いや!」と泣き崩れました。
幕府の力はますます衰えていきましたが、近藤らはそれでも時流に逆らい幕府への忠誠を誓い続けていました。ところが、隊士のひとりである伊東甲子太郎(田村高廣)が藤堂平助(尾形伸之介)ら同志と共に近藤らを見限って新選組を抜け、近藤らは伊東らを襲撃して斬殺しました。
慶応3年(1867年)。将軍・徳川慶喜は大政奉還を行い、幕府の崩壊は決定的となりました。幕府と薩摩・長州ら倒幕派との決戦は避けられないものとなり、近藤はお雪に京を離れて新しい暮らしをするよう別れを告げましたが、お雪はここで近藤の帰りを待っていると言って聞きませんでした。
新選組の結末
薩摩・長州・土佐ら倒幕派は錦の御旗を立てて官軍を名乗り、幕府軍との間に鳥羽・伏見の戦いを引き起こしました。沖田はこの戦いで命を落とし、負傷した近藤は戦線離脱しました。
近藤はつねと娘に会いに行きましたが、娘は祖父母の家にいて会うことは叶いませんでした。近藤は勝安房(後の勝海舟、三代目中村翫右衛門)と会い、改めて自分たちがもはや時流に取り残された存在であることを思い知りました。
近藤は隊士たちに「君たちにはこれからやるべきことがある。どうか将来の為に働いてくれ」と言い残し、土方に新選組を託しました。近藤は自ら官軍に出頭し、土方たちはその間に逃げるよう告げました。「俺はあんたを死なせたくないんだ」と言う土方に、近藤は「たまには俺の好きにさせてくれよ。これからは自由に生きてくれ」と別れを告げました。
近藤の人柄に感銘を受けた官軍の有馬勝太(萬屋錦之助)は、近藤こそ新しい明治政府に必要な人物だとして助命を嘆願しましたが、近藤に恨みを持つ谷守部(中谷一郎)は近藤を逆賊として処刑すべきだと主張し、せめて切腹をという有馬の嘆願を一蹴しました。
慶応4年(1868年)4月25日、近藤は打ち首が決まり、板橋の刑場に引き立てられました。近藤は立会人を務める有馬に家族への心残り、そして新選組として活動した6年の月日を振り返りました。近藤は最後の願いとして伸びた髭を剃らせてもらい、そして静かに首を打たれました。
以上、映画「新選組」のあらすじと結末でした。
沢島忠監督の「新選組」は、三船プロ作品で三船敏郎製作で三船敏郎主演。
要するに、三船が自分で近藤勇をやりたかったのだろう。
当時の三船プロは、時代劇映画が中心だったので、キャストは異様に豪華。
土方歳三が小林桂樹。芹沢鴨が三國連太郎。沖田総司が北大路欣也。
山南敬助が中村梅之助と、もう、キリがない感じ。
女優陣も近藤勇の奥さんに司葉子。愛人の花魁に池内淳子。その妹が星由里子。
芹沢鴨の愛人が野川由美子と、これまたキリがない。
当時の三船プロの勢いを思い知らされます。
監督は、娯楽派職人監督の巨匠・沢島忠。脚本は松浦健郎。殺陣が久世竜。
これまた、ある意味、盤石な布陣と言っていいだろう。
しかし、逆に言うと作家性の感じられない布陣とも言える。
オールスター映画で娯楽派の巨匠。
調べてみたら、この映画は1970年のお正月映画だった。さもありなん。
こういう映画って、その当時の人たちは、スターたちの競演に熱狂したのだろうけど、今の目で見るとあまり面白くないパターンが多いものだ。
近藤勇と土方歳三が、まだ多摩にいるシーンから近藤の死まで、122分で駆け足感も、一切の乱れもなく描ききる手腕はさすが。
手練の仕事だなと言う感じがします。
沢島監督は、シーンの頭に爆発シーンを持ってくるとか、なんとか画面に変化をつけて厭きさせない。
有名な、勘定方が使途不明金の責任を取らされて切腹する際、故郷からの仕送りを待つシーン。
すでに手遅れになった、故郷からの飛脚が雪の中、「開けてください!」と門を叩くシーンの美しさには、悲しみと相俟って心を打たれます。
しかし、この映画が映画史に残ったり、何度も観たくなったりする映画かと言うと、それは違う気がする。
お正月休みに大ヒットして、観客は皆満足するが、もう一回観に行こうとは思わないだろう。
それは「作家性」と言うもののせいだろう。
人は作家性を感じると、もう一回観たくなったりするものなのだ。
そういう意味では、今ひとつ乗り切れない映画では有った。
多分、当時としては、メチャクチャなオールスターぶりだと思うが、正直言って「金の取れる演技」をしているのは、三國連太郎と小林桂樹の二人だけではないだろうか。
芹沢鴨という人間の弱さと苦悩を体現して余りあるものがあり、さすが名優・三國連太郎の凄さを見せつけられましたね。
ついでながら、深作欣二監督が、生前、「柳生一族の陰謀」「赤穂城断絶」という時代劇を撮った頃、今後、撮りたい時代劇として、新選組の芹沢鴨という、破滅型の人間を主人公にした映画を撮りたいと語っていた事を思い出しましたね。
それ程、映像作家にとって、芹沢鴨という人間は、魅力的な人物像なんですね。
そして、いつも冷酷非情な「鬼の副長」役の小林桂樹は、普段はコミカルな役を得意とする俳優なのだが、「激動の昭和史 軍閥」の時の東条英機と、この「新選組」での土方歳三の演技は、演技派俳優の名に恥じない、見事な演技だったと思う。
それから、せっかく、どうしてもやりたかった近藤勇だが、三船はただ深刻ぶっているだけ。
本当に深刻なシーンと、束の間、妻子の待つ日野の家に戻った時の深刻さでは、差をつけているつもりだろうが、どうもいただけません。
いつも思うのだけれど、どうして、三船敏郎という俳優は、黒澤明の映画に出演している時と、他の映画監督の映画に出演している時の演技の出来の落差が大きいのだろう。
そして、北大路欣也の沖田総司も、当時は若手スターで爽やかな印象だったのは分かるが、「剣に爽やかに生きたい」と言うセリフはどうかと思う。
それに、肺病やみの沖田にしては、北大路欣也は、あまりにも健康的すぎて、沖田のイメージに合いません。
しかし、私の最大の不満は、結局、沢島忠監督が、アクションには興味があっても、殺陣に興味がなさそうな演出だからかもしれない。
せっかくの久世竜なので、恐らくはちゃんと殺陣をつけているのだろうが、それをちゃんと映像に定着させる、という意識が、どうも希薄だったような気がします。