ヨコハマメリーの紹介:2005年日本映画。かつて横浜には米兵相手に娼婦をしていた「ハマのメリー」と呼ばれる有名な老婆が暮らしていました。彼女と交流のあった人々のインタビューとともに横浜の戦後の歴史を振り返りながら、メリーの謎めいた生き様に迫るドキュメンタリー映画です。
監督:中村高寛 出演者:永登元次郎、五大路子、杉山義法、団鬼六、山崎洋子、大野慶人、ほか
映画「ヨコハマメリー」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ヨコハマメリー」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ヨコハマメリーの予告編 動画
映画「ヨコハマメリー」解説
この解説記事には映画「ヨコハマメリー」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ヨコハマメリーのネタバレあらすじ:起
かつて横浜にハマのメリーと呼ばれる老婆が暮らしていました。その昔は米軍相手の娼婦だったというメリーについて山手の豪邸に住んでいるあるいは皇族の末裔であるなど様々な噂が囁かれてきましたが、真相は誰にも分かりません。純白のドレスに白塗りの化粧を施し、老いてもなお横浜の街に立ち続けたメリーでしたが、1995年に突然街から姿を消してしまいます。シャンソン歌手の永登元次郎は馬車道の劇場前で偶然メリーに出会った時のことを今もよく覚えていました。以前からメリーを知っていた元次郎はよかったら歌を聴きに来てくださいとリサイタルの招待券を手渡します。娼婦の唄を歌っている元次郎はメリーに一度自分の歌を聴いてほしかったのです。その日のリサイタルのアンコール前、ステージ上の元次郎は沢山の観客から花束を受け取りますが、その中にはメリーの姿もありました。元次郎はメリーが来てくれたことに痛く感動し、彼女の手を握りしめます。それ以降二人の親交が始まり、元次郎は友人としてメリーに金銭的な援助もするようになります。若い頃川崎で男娼をしていた経験を持つ元次郎にとってメリーの存在はどこか自分と重なる部分があったのだと元次郎は言います。元次郎の身体は末期癌に侵されていますが、それでも今もなおステージに立ちシャンソンを歌い続けます。
ヨコハマメリーのネタバレあらすじ:承
1954年の横須賀、メリーは当時33歳でした。元GI専門のホステスだった本元よし子は貴婦人のような恰好をしていたメリーが当時皆から皇后陛下と呼ばれていたと振り返ります。横須賀のドブ板通りに立ち続けていたメリー、彼女の相手はいつも将校だったと言われていますが、男性と連れ立って歩いているところを見た者はいません。1961年、40歳になったメリーは横浜に移り住みます。舞踏家の大野慶人は妻が営んでいた横浜のドラックストアにメリーがよく買い物に来ていたと語ります。アメリカ船の出向が控えた港で、乗客の男性と別れを惜しみながらキスを交わすメリーの姿が今でも一番強く印象に残っていると大野は振り返ります。大衆酒場「根岸家」のお座敷芸者だった五木田京子も娼婦として店に出入りしていたメリーをよく知る人物です。プライドの高いメリーは根岸家の芸者や他の娼婦達との馴れ合いを好まず、その態度が気にいらなかった京子はメリーと喧嘩したことがあると振り返ります。米兵の客が多かったことから白人専門の娼婦、黒人専門の娼婦、聴覚障害を持った娼婦など様々な女が出入りし、華やかなバンド演奏とともに酒と女を楽しめる格好の遊び場だったという根岸家。しかし店は1980年に原因不明の火事によって倒産し、現在跡地は殺風景な駐車場となっています。
ヨコハマメリーのネタバレあらすじ:転
野毛大道芸のマネージャー大久保文香はメリーが年賀状に「にしおかゆきこ」とサインしていたと語ります。いつも昼寝をさせてもらっていた馬車道のビルの社長にはお中元やお歳暮を贈り続けていたという律儀な一面も見えてきました。横浜にはメリーの行きつけの喫茶店や美容室がありましたが、白塗りという特異な風貌やホームレスであるメリーを疎んじる一般客も少なからずいたと店の者達は語ります。メリーが町で話しかける男性には条件がありました。眼鏡をかけ知性的であること、恰幅がいいこと、そして色黒で健康的であること。SM作家の団鬼六は横浜で飲んでいた際によくメリーと遭遇したことを振り返ります。話しかけるというわけでもなく、ただ後をついてきたというメリー、団は彼女が死神のようで不気味であったと語ります。戦後の横浜外人墓地には混血の赤ん坊の死骸が相次いで捨てられるという事件が起きました。作家の山崎洋子はその混血児達の墓をメリーさんの子供達と呼び、自身の小説にも登場させています。山崎洋子は米兵を相手に娼婦をしていたメリーは混血児の母の象徴のような存在であると語ります。そしてメリーは白塗りの化粧を施すことで素顔を隠して生きていたのではないかと推測します。女優の五大路子は舞台「横浜ローザ」でメリーを演じています。路子は凛とした眼差しを持ち、常に胸を張って生きているメリーに衝撃を受け、それが彼女を演じてみたいと思うきっかけとなったと語ります。
ヨコハマメリーの結末
メリーを主役にしたドキュメンタリー映画が製作されます。監督の清水節子はメリーには愛した将校がいて、いつか彼が戻ってくると信じて横浜に住み続けていたのではないかと振り返ります。しかし撮影中にトラブルが発生し、映画が完成することはありませんでした。1995年写真家の森口出夫はメリーを題材にした写真集「PASS ハマのメリーさん」を発表します。メリーがいつも腰掛けていたビルの椅子、チップを得るためにいつも立っていた店のエレベーター、メリーは横浜の街の風景にぴったりと溶け込んでいたと振り返ります。メリーが実家に宛てた手紙が見つかりました。横浜に永住することがかなわず、年老いて体の自由がきかなくなったメリーは1995円12月に実家に帰郷しました。元次郎は自分の部屋が欲しいと願い続けたメリーのために尽力したものの、横浜市民ではないメリーが家を持つことは難しかったと語ります。1995年元次郎の元にメリーから手紙が届きます。そこには横浜に戻れないことを嘆くとともに生きることへの希望も綴られていました。それから6年が経ち、元次郎はメリーの暮らす老人ホームを訪ねます。ステージに立って「マイウェイ」を歌う元次郎を客席からメリーが優しく見守っています。今は白塗りの化粧も辞め、本名を名乗って穏やかに余生を過ごしていました。ステージが終了すると元次郎はメリーの手を握りしめ、優しく額に口づけをするのでした。
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