ぐるりのこと。の紹介:2008年日本映画。出版社に勤めしっかり者の翔子と女好きでマイペースのカナオ。翔子はカナオとの夜の営みは週3回と決め積極的だった。一方カナオはその気が起きないといつも言い訳をし説得されるのであった。そんな翔子のお腹には二人の赤ん坊がいた。日々成長していくお腹の子に二人は幸せをかみしめていた。カナオは先輩の進めで法廷画家の仕事を始めた。絵画教室もやっていた。だがある日子供が亡くなってしまう。翔子は次第に心を病んでいく。
監督:橋口亮輔 出演:木村多江(佐藤翔子)、リリー・フランキー(佐藤カナオ)、倍賞美津子(吉田波子)、寺島進(吉田勝利)、安藤玉恵(吉田雅子)、ほか
映画「ぐるりのこと。」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ぐるりのこと。」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「ぐるりのこと。」解説
この解説記事には映画「ぐるりのこと。」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ぐるりのこと。のネタバレあらすじ:起
佐藤翔子は出版社に勤めていてしっかり者の女性。夫との夜の営みに積極的で週3回と決めている。一方夫の佐藤カナオはマイペースで女好きだ。翔子は妊娠中で安定期だ。それでも決めた週3回の約束の日は必ず夫にも守らせていた。カナオは夏目先輩に法廷画家の仕事をしないかと言われた。ある日カナオはテレビ局に来た。そこで会ったベテラン報道記者の安田法政に連れられて初めて法廷に来た。
ぐるりのこと。のネタバレあらすじ:承
業務上過失致死の事件だった。席に座りスケッチを始める。判決が出た瞬間に多くの記者達は一気に走って出て行った。法廷では多くの法廷画家がいた。カナオも作業を進めた。出来た絵をテレビ局に持って行った。少し癖のある法廷画家が数人いた。ある日翔子の家族とご飯に行った。結婚祝いを兄からもらった。カナオは翔子の家族に少し見下されていた。それから絵画教室のかたわらカナオは法廷に出向きスケッチするようになった。そんな日々の中で翔子は子供を亡くしてしまった。それからだんだん翔子の心は病んでいく。翌年妊娠した翔子は一人で中絶手術を決めた。ある日子供に関する本の出版に伴いサイン会の業務をしていた翔子。耐えきれず本屋の角で泣いてしまった。
ぐるりのこと。のネタバレあらすじ:転
月日は流れ翔子は心療内科に通っていた。カナオも仕事に身が入らなくなっていた。そんな中、警察病院に行き虐待児童の絵を描いて欲しいと頼まれたりもした。どんどん引きこもりがちになっていく翔子。気持ちをどこにぶつけていいかわからなくなる翔子はカナオに気持ちをぶつけた。ちゃんとしようと頑張りすぎる翔子をカナオは隣に寄り添い優しく支えた。次第に笑顔が見えてくるようになった。夜中カナオが目覚めると翔子は鳥や花、景色の風景画の本を興味深く見ていた。絵の具を選んだり、カナオの絵画教室で絵を学んだり前向きに変わっていった。法廷画家としてのカナオも順調に楽しみながら仕事をしていた。
ぐるりのこと。の結末
絵画にどんどん熱中していく翔子。何枚も何枚も書き上げた。外にも出かけるようになり、平穏な生活に戻っていった。ある日出て行った翔子の父親が病気だということを知る。二人は会いに行った。元気で幸せそうだったという。元気そうな顔の絵を描いて家族に渡した。母親と父親の確執も和らいでいった。お寺の天井に翔子が書いた花の絵を一面に飾った。翔子とカナオは手を握りそれを幸せそうに見上げるのであった。
「ぐるりのこと。」感想・レビュー
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夫婦(家族)の幸せの形は当然ながらひとつではないと考えさせられる映画。翔子の感情が爆発して、それでもどうしようもなく地団太を踏みながら泣くそばでカナオが寄り添うシーンがとても印象的でした。「ぐるり」って身の回りで起こる様々な出来事、という意味らしいのですが、なぜこれがタイトルになったか、いろいろ考えてしまいます。ちなみにリリーフランキーさんのきれいなおしりが見られます笑。
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リリーフランキー演じるカナオが法廷画家という珍しい職業についているのが面白いと感じます。法廷では東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件をはじめとした裁判も繰り広げられるのですが、被告の宮崎勤(映画の中では違う名前ですが)と思われる人物も登場し、この役を演じているのが加瀬亮さんなのも見所です。裁判のシーンがかなりリアルに描かれており、90年代の時代の体温が伝わってきます。
子供を亡くして、うつ病になる女性とその妻を支える夫の話です。うつ病は特別なことととらえがちですが、いつ誰がなるかもしれないということを感じる作品です。パートナーがうつ病になった時、どうするか?それでもパートナーを愛せるか?支えられるか?結婚する時に、健やかな時も病める時も・・・と言いますが、苦境に立った時、結婚と言うものの本質、愛情の本質が見えるのだと思いました。