アトランティック・シティの紹介:1980年フランス,カナダ映画。名匠・ルイ・マルが特別な資金の提供を受けて製作したフランスとカナダの合作映画。登場人物の性格が極めて巧みに描かれ、マルの作品の中でも完成度の高い1本となっている。主演のバート・ランカスター、スーザン・サランドンも好演を見せ、共にアカデミー主演賞候補に選ばれている。
監督:ルイ・マル 出演:バート・ランカスター(ルー)、スーザン・サランドン(サリー)、ロバート・ジョイ(デイヴ)、ケイト・レイド(グレース)、ほか
映画「アトランティック・シティ」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「アトランティック・シティ」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
映画「アトランティック・シティ」解説
この解説記事には映画「アトランティック・シティ」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
アトランティック・シティのネタバレあらすじ:起
若い女性がレモンを切り、その果汁を化粧水代わりに体に塗りつけています。その光景を老人が向かいの窓から眺めていました。女性の方はサリー。アトランティック・シティのカジノでレストランの給仕をしながら、ディーラーの修行中。夢はモンテカルロでディーラーをすることでした。一方の老人はルーといううだつの上がらない元ギャング。今は貧しい住民の家を回り、数字賭博の仲介をすることで生活の糧を得ています。
アトランティック・シティのネタバレあらすじ:承
やがて、サリーの元亭主のデイヴが彼女を訪ねてくることで、今まで直接の接点のなかった2人が知り合うこととなります。デイヴはフィラデルフィアで取引中のコカインを横取りし、それを売り払うためにこの街にやってきました。デイヴがサリーの妹クリッシーと浮気したことでサリーは離婚したのですが、妹は身重になっており、サリーのアパートに居候することになります。あるバーで偶然ルーと出会ったデイヴは、彼が大物ギャングだと勘違いし、取引のことを持ち出します。ルーは自分が世話をしている老女・グレースの部屋に彼を連れてゆき、取引の仲介役を志願。ツテのないデイヴは、ルーに取引を任せることにします。
アトランティック・シティのネタバレあらすじ:転
しかし、ルーが最初の取引を終えた時、デイヴは彼を追いかけてきたフィラデルフィアのギャングに襲われて死亡。その死を知ったルーは、残ったコカインをそのまま自分のものとしてしまうのです。財源を得て大胆になったルーは、デイヴの死を種に前々から気のあったサリーに接近。洒落たスーツも新調し、サリーとデートすることになります。2人はベッドを共にし、仲良くアパートへ戻りますが、フィラデルフィアのギャングがデイヴに絡んでサリーを襲撃。ルーは暴力を恐れて何も出来ず、自己嫌悪に陥ります。
アトランティック・シティの結末
サリーはデイヴの事でカジノをクビに。そしてルーはコカインを慌てて売りさばきます。サリー、ギャングの両方がコカインへのルーの関与を知り、彼に詰め寄るのですが、ルーはうまくかわして長距離バスで逃げようとします。そこへサリーがやってきてルーをバスから降ろしますが、ギャングが再び彼らを襲います。しかし今度はルーが用意していた銃で反撃。ギャングたちは全員殺されます。ルーとサリーは一緒に逃亡し、モーテルへ宿泊。翌朝になってサリーだけが麻薬を売った金を持って逃げ出そうとします。ルーはそれに気付くのですが、あえて車のキーも添えて金を渡してしまうのです。実はルーが人を殺したのは昨夜が初めてで、彼は自分がようやく男になった気がして、それだけで満足なのでした。サリーはヨーロッパを目指して旅立ち、そしてルーはアトランティック・シティへ逆戻り。幸い逮捕もされずに相変わらずグレースの世話を続けるのでした。
“ヌーヴェル・ヴァーグの旗手ルイ・マル監督が老残のギャングの失われた夢、過去へのノスタルジーを描いた名作「アトランティック・シティ」”
近代化の波が押し寄せ、古き良き時代は過去のものとなりつつあるカジノの街、アトランティック・シティ。
この映画「アトランティック・シティ」は、ここに生きる老ギャングの飄々とした姿を描いた、フランスのヌーヴェル・ヴァーグの旗手で、「死刑台のエレベーター」「鬼火」のルイ・マル監督がアメリカへ渡って、「プリティ・ベビー」の次に撮った作品で、彼のアメリカ時代の最高傑作と評価の高い作品です。
この映画の舞台となっているのは、賭博が合法化されて以来、急速に変貌しつつあるギャンブル都市アトランティック・シティ。一攫千金を夢見てこの街にやって来る者が絶えません。
ある麻薬事件を契機にして、老残のギャング、ロウ(バート・ランカスター)と、プロのディーラーを目指すサリー(スーザン・サランドン)とが、このドラマの核となります。
まず、映画のファースト・シーンは、同じビルの隣の部屋から、窓越しに台所で裸になって身体を洗っているサリーを覗いているロウの姿を捉えます。
冒頭のこのショットで、我々観る者は、あらかじめ古き良き時代の伝説の中に、自分の身を浸して生きているかのように見えるロウの、胡散臭さを否応なく了解させられるのです。
べっとりとまとわりつくような、その胡散臭さを受け入れられるかどうかが、この映画に魅了されるかどうかの分岐点になるような気がします。
あっさりと殺されてしまうサリーの別れた夫デイブや、ロウの愛人とおぼしきグレースなどのユニークなキャラクターを絡ませながらも、この映画の真の主人公は、ゆっくりと退廃していく”アトランティック・シティ”そのものなのだと思います。
ドラマとしては、ある種、汗臭いことこの上ないのに、画面は淡いトーンの色彩で統一されていて、何度も観返してみると、ルイ・マル監督はどの登場人物にも、常に一定の距離を置いて描き、ひとつの街全体が静かに崩れていく様子を見つめたかったのかも知れません。
幼児性と、それゆえの小狡さを持ったロウのキャラクターを、名優のバート・ランカスターは余裕たっぷりに、若い女とのささやかな触れ合いをユーモラスに、かつ哀歓を漂わせながら演じて見せ、彼のいつもながらの、渋くて味わい深い、演技のうまさに圧倒されてしまいます。
彼の夢は、あまりにもナイーヴなのですが、それはもはやこの世界の中では、”失われた夢”、”過去へのノスタルジー”にしかすぎないのです。
そして、ルイ・マル監督の演出のうまさに驚いたのは、この映画のラストで、解体されつつある老朽化したビルに、カメラがさりげなくパンするあたりの、どこまでも計算の行き届いた、鮮烈で象徴的なエンディングです。
なお、この映画は1980年度の第35回ヴェネチア国際映画祭で最優秀作品賞に相当する金獅子賞を、1981年度のNY映画批評家協会賞の最優秀主演男優賞・脚本賞を、同年の全米映画批評家協会賞の最優秀作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞を、LA映画批評家協会賞の最優秀作品賞・主演男優賞・脚本賞を、英国アカデミー賞の最優秀監督賞・主演男優賞を受賞しています。
また、1981年度のアカデミー賞では、最優秀作品賞を「炎のランナー」が、最優秀監督賞を「レッズ」のウォーレン・ベイティが、最優秀主演男優賞を「黄昏」のヘンリー・フォンダが、それぞれ受賞する結果になりました。