ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~の紹介:2020年日本映画。1998年の長野冬季オリンピック、スキージャンプ・ラージヒル団体で金メダルを獲得した日本代表。本作はその裏側で人知れず代表選手を支えた25人のテストジャンパーにスポットを当て、実話を基に映画化。田中圭が扮するスキージャンプ選手でテストジャンパーの西方仁也の視点から知られざるエピソードを描いていきます。
監督:飯塚健 出演者:田中圭(西方仁也)、土屋太鳳(西方幸枝)、山田裕貴(高橋竜二)、眞栄田郷敦(南川崇)、小坂菜緒(小林賀子)、落合モトキ(葛西紀明)、濱津隆之(原田雅彦)、古田新太(神崎幸一)、大友律(岡部孝信)、狩野健斗(船木和喜)、山田英彦(斉藤浩哉)、加藤斗真(西方慎護)、大河内浩(西方弘)ほか
映画「ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~の予告編 動画
映画「ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~」解説
この解説記事には映画「ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~のネタバレあらすじ:起
1998年2月17日、長野冬季オリンピックの男子スキージャンプ・ラージヒル団体の決勝日。テストジャンパーの西方仁也(田中圭)はその様子を特別な想いで見つめていました―――。
―――4年前、1994年のリレハンメルオリンピック。男子ラージヒル団体の代表に選ばれたのは西方、原田雅彦(濱津隆之)、葛西紀明(落合モトキ)、岡部孝信(大友律)の4名でした。西方、葛西、岡部は次々と大ジャンプを決め、金メダルを狙える好位置に付けました。残すはエースの原田のみでしたが、原田は途中でまさかの大失速をしてしまい、日本は金メダルを逃して銀メダルに終わりました。
原田は帰国するなり、マスコミからの容赦ないバッシングにさらされました。西方はそんな原田を慰め、次の長野では絶対に金メダルを獲ろうと誓い合いました。西方は故郷の長野・野沢温泉で旅館を営む父・弘(大河内浩)の元に戻り、妊娠中の妻・幸枝(土屋太鳳)を前にして悔し涙を流しました。この時26歳の西方にとって、次の長野は年齢的にもラストチャンスでした。
西方は早速、長野に向けての強化合宿に入りました。実績あるベテランでも決して特別扱いしない鬼コーチの神崎幸一(古田新太)は「惜しければ金を獲れ」と選手たちを叱咤激励しました。翌年、西方と幸枝に男の赤ん坊が誕生。西方は“慎護”と名付け、長野の頃には3歳になっている息子へ思いを馳せました。
長野五輪の開幕まであと187日となった日、西方は腰に違和感を覚えました。しかし、代表選考の争いも激化していたことから、西方は腰の不調を隠して引き続き練習に励みました。
そんな時、西方はジャンプの練習の最中にバランスを崩して着地に失敗し、怪我を負ってしまいました。西方は当面の間安静にするよう告げられましたが、長野に間に合わせるためにリハビリに精を出しました。一方、リレハンメルで金メダルを逃す要因となってしまった原田は復調を見せ、世界選手権で総合優勝を決めていきました。西方はそんな原田の雄姿に焦りを感じました。
西方と同じく代表枠を争っていた若手選手の南川崇(眞栄田郷敦)が怪我をしました。南川は自分はまだ若いので長野は諦めてリハビリに専念することにしましたが、年齢的にも後のない西方はより一層焦りを募らせていきました。
ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~のネタバレあらすじ:承
長野五輪の開幕まであと92日。男子ラージヒル団体の日本代表8名のうち6名が発表され、原田、葛西、岡部、船木和喜(狩野健斗)、斉藤浩哉(山田英彦)、吉岡和也が選出されました。西方は残る2枠を狙ってリハビリに精を出しました。
長野五輪の開幕まであと35日。西方は医師からようやくジャンプの許可をもらいました。西方は復帰戦となる雪印杯全日本ジャンプ大会で、既に代表に選出された葛西を抑えて優勝を果たしました。完全復活をアピールした西方でしたが、日本代表の残る2枠が発表され、選ばれたのは宮原秀治と須田健仁でした。
失意のどん底に突き落とされた西方は、原田からの電話にも出られないほどでした。西方の中には、原田のせいで金メダルを逃したのになぜ原田が代表になったのかという思いがこみ上げてきました。
ある日、西方の家に神崎が訪ねてきました。神崎は「どうせ暇だろう」と西方にテストジャンパーをやらないかと誘ってきました。テストジャンパーの役目は競技前にジャンプ台の状態を確かめ、代表選手が安心して飛べるようになるまで何度も滑り道を作ることであり、誰からも声援を送られることのない裏方の仕事でした。銀メダリストとしてのプライドもある西方は裏方など思いもつかず、一度は神崎の誘いを断りました。
現役を続けるべきか迷った西方は、幸枝とも話し合った結果テストジャンパーの仕事を引き受けることにしました。長野五輪開幕まであと5日、西方は試合会場となる白馬村でのテストジャンパーの合宿に合流しました。
テストジャンパーに選ばれたのは計25名、中には足の故障で代表を断念した南川、この時代ではまだ正式な種目ではなかった女子ジャンパーの小林賀子(小坂菜緒)、聴覚障害を持つ高橋竜二(山田裕貴)もいました。最年長者でメダリストの西方は「みなさんのお手本になれたら」と挨拶しました。
翌日からテストジャンパーたちは試合会場の白馬ジャンプ競技場で、飛びながらコースの雪を踏み固める地道な作業に入りました。西方はそこで、代表選手の活躍の裏には記録にも記憶にも残らないテストジャンパーの下支えがあることを痛感しました。会場には原田など代表選手も入りましたが、マスコミの注目を集める原田に西方は見向きすらしませんでした。
南川は「適度に休まないとまた怪我をする」と言い訳ばかりで、まともに飛ぼうとはしませんでしたが、対照的に小林は何度も何度も一生懸命に飛び続けていました。西方は適当にこなせばいいと助言しても、小林は「裏方でも、私にとっては大事なオリンピックなんです」と応えました。
ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~のネタバレあらすじ:転
長野五輪の開幕前日。この日は競技場に強めの風が吹いていました。南川はまたしてもジャンプをサボり、見かねた小林は「輪を乱さないで」と注意しました。南川は「ただのテストジャンプだぞ。俺はお前らと違って次のオリンピックを狙ってるんだよ」と逆ギレしましたが、主任の神崎に命じられて渋々飛ぶことになりました。しかし、スタート地点に立った南川は怖気づいてしまい、結局飛ぶことはできませんでした。
その夜、南川は宿舎で西方に悩みを打ち明けました。実は南川は未だに怪我をした時の恐怖を払拭できず、ひとりで苦しんでいたのです。そこに高橋も交じり、三人は酒を飲みながら語り合いました。耳の不自由な高橋は飛んでいる時だけは自由になれると感じており、西方がリレハンメルで飛んだ時の話に目を輝かせていました。
1998年2月7日。長野五輪は開幕の日を迎えました。テストジャンパーの宿舎に小林の父が現れ、娘を連れ戻そうとしました。小林は怒ってケンカとなってしまいましたが、西方は小林の父は娘を危険な目に遭わせたくないのだと説明しました。小林は女子ジャンプが未だに正式種目ではない今、自分にとってのオリンピックはテストジャンプなのだと熱い想いを語りました。
小林は西方にジャンプを教えてほしいと頼み、高橋も西方を手伝いました。そこに南川も現れ、西方にどうすれば恐怖を克服できるのかアドバイスを求めました。西方は誰かのために飛びたいという気持ちを持てと助言しました。
スキージャンプの日本代表は船木がノーマンヒルで銀メダル、ラージヒルで金メダルを獲得。原田もラージヒルで銅メダルを獲得しました。残すはラージヒル団体のみとなり、団体メンバーから外れた葛西は「俺のオリンピックは終わった」と帰り支度を始めました。
ラージヒル団体戦の前日。原田はテストジャンパーの控室を訪れました。他のテストジャンパーは原田を歓迎しましたが、西方はそんな気にもなれませんでした。原田はそんな西方に「アンダーシャツを貸してくれ」と頼み、西方は仕方なく自分のアンダーシャツを貸しました。
原田は西方に「お前の気持ちは分かっているつもりだ」と声をかけると、西方のこれまで溜まっていた気持ちが爆発してしまい、「俺の気持ちなどわかってたまるか。お前が失敗しなきゃ俺は金メダリストだった」と当たり散らしてしまいました。原田は西方の怒りを受け止め、「それでも俺は金メダルを獲らなきゃいけないんだ」と返しました。
ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~の結末
ラージヒル団体の決勝当日。試合会場の白馬ジャンプ競技場には4万5千人の大観客が詰めかけました。観客席には幸枝と息子の慎護(加藤斗真)、小林の父、そして葛西の姿もありました。
代表に選ばれたのは原田、岡部、船木、斎藤の4人でした。1回目のジャンプ、岡部と斎藤は好調な滑り出しを見せ、日本代表は金メダルを狙える位置につけました。そして原田の出番となりましたが、西方はスタート地点についた原田を見て、「なんでお前がここにいて、俺はここにいるんだ。落ちろ。落ちろ…」と内心願っていました。
その時、試合会場の天候は悪化し、激しい吹雪により視界不良となりました。原田はそれでも飛びましたが、4年前の時と同じように失速してしまい、この時点で日本代表は4位に転落してしまいました。試合は一時中断され、このまま2回目が行われなければ日本の4位が確定してしまうという事態に陥りました。
審判委員会は協議の末、「テストジャンパー25人全員が無事にジャンプを成功させたら競技を再開する」ことを決定しました。神崎は危険だと反対しましたが、西方や仲間たちはどうしても飛ばせてほしいと訴えました。
最初に飛んだのは南川でした。南川は恐怖心を克服することに成功し、見事なジャンプを決めました。これを皮切りに次々とテストジャンパーたちがジャンプを成功させていきました。小林が飛ぶ時にはスタート位置が上げられましたが、それでも小林は女子ジャンパーの道を切り開きたいとの思いでジャンプを成功させました。小林の父は感激のあまり涙を流しました。
高橋の出番になると、さらに飛距離を伸ばす必要に迫られました。西方は緊張する高橋に「いつも通りに楽しんでこい」と声をかけ、飛んだ高橋は耳が聞こえずとも人々の歓声が聞こえたような気がしました。
最後を務めたのは西方でした。西方は「落ちろ」と願ってしまったことを後悔し、気を取り直して「俺が原田に金メダルを獲らせる」と意気込みました。西方は見事な大ジャンプを成功させ、試合は再開が決定しました。
原田の2回目のジャンプの番が来ました。原田は西方から借りたアンダーシャツの他にも葛西から借りたグローブを身に着けていました。原田はみんなの意志を背負って飛ぼうとしていることに気付いた西方は、今度は「飛べ、原田!」と心から願いました。そして原田は前回の雪辱を晴らす飛距離137mの大ジャンプを成功させ、アンカーを務める船木もジャンプを成功させました。日本は悲願の金メダルを手にしました。
原田は記者会見で号泣しながら「俺だけではないよ。みんなだよ」と語りました。“みんな”の中には代表の仲間の他にも名も無きテストジャンパーのことも含まれていました。一度は引退を考えていた西方ももうしばらく現役を続ける気になり、慎護から手作りの金メダルを首にかけてもらいました。
西方は長野の後も3年間現役を続け、2001年に引退しました。オリンピックのスキージャンプ競技に女子が正式種目となったのは、長野から17年後の2014年に開かれたソチオリンピックからでした。
以上、映画「ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~」のあらすじと結末でした。
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