パリの灯は遠くの紹介:1976年フランス,イタリア映画。「緑色の髪の少年」で映画監督としてデビューしながら赤狩りによりハリウッドを追われ、イギリスを拠点に活躍したジョセフ・ロージーによる、ユダヤ人狩りに揺れる1942年のパリをミステリーの舞台とするフランス映画。ロベール・クラインは自分と同姓同名のユダヤ人の存在を知る。しかももう一人のロベール・クラインは、二人を同一人物であると見せかけようとしている。ロベールは身を守るためにまだ見ぬもう一人のロベール・クラインを探し始める。
監督:ジョセフ・ロージー 出演者:アラン・ドロン(ロベール・クライン),ジャンヌ・モロー(フロランス),シュザンヌ・フロン(アパートの管理人)、ジュリエット・ベルト(ジャニーヌ)、フランシーヌ・ベルジェ(ニコル)、マイケル・ロンズデール(ピエール)ほか
映画「パリの灯は遠く」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「パリの灯は遠く」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
パリの灯は遠くの予告編 動画
映画「パリの灯は遠く」解説
この解説記事には映画「パリの灯は遠く」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
パリの灯は遠くのネタバレあらすじ:起
1942年1月のパリ。美術商のロベール・クラインは愛人のジャニーヌを同居させ、ドイツ軍占領下でも優雅に暮らしていた。迫害を恐れて国外へ脱出しようとするユダヤ人から美術品を安く買いあさっていたのだ。この日も一人の男が先祖伝来のオランダ絵画をもってきた。だが、彼がロベールのアパートを出るときに、1通の郵便物が落ちていることに気づく。客の落とし物かと思ったが彼も同じ「ユダヤ通信」をもっていた。ユダヤ人の団体が同胞のために有益な情報を伝えるための新聞である。
ユダヤ人でない自分に「ユダヤ通信」が届けられたことを不審に思いロベールはその団体を訪れるが、何者かによって彼の住所氏名で購読が申し込まれていた。購読を取り消すが、顧客台帳が警察のユダヤ人管理課にわたってしまったことが告げられる。
パリの灯は遠くのネタバレあらすじ:承
翌日、ロベールはもう一人のロベール・クライン氏が住んでいたアパートを探し当てるが、クライン氏のことを探りに来ていた二人の刑事と出くわす。管理人の女性にクライン氏の荒れ果てた部屋を見せてもらう。写真フィルムがロベールも所有している『白鯨』のページの間に挟まっているのを見つける。写真店で焼いてもらった写真にはクライン氏とある女が写っていた。ロベールのアパートに戻るとピエールとニコルの夫婦ら友人たちがパーティーを開いていたが、そこには同じ二人の刑事が先に来ていた。
ある雨の日、クライン氏あての一通の手紙が届いた。1月26日に来てくれないと別れるという、女からの手紙だった。ロベールは、手紙の指示通り汽車でバスチーユへ行く。駅で降りた彼はクライン氏として晩さん会の開かれている城へと案内された。手紙の差出人フロランスの夫には、クライン氏の同姓同名の友人として話をとりつくる。翌朝ロベールは、警察にクライン氏との関係を話すと脅してフロランスからクライン氏の居場所を言わせるが、彼女の知っているクライン氏の現住所はロベールの住所そのものだった。
パリの灯は遠くのネタバレあらすじ:転
パリに戻ったロベールはジャニーヌから警察がロベールを調べていると聞く。彼にユダヤ人であるという嫌疑がかかっていた。ロベールは親たちの出生証明書を集め始める。その件で弁護士であるピエールとレストランで話している時にクライン氏への電話がかかってくる。だが、ロベールが電話に出ようとすると、別のクライン氏が出て既に電話を終えて店を出ていたことがわかった。それをきっかけにロベールはクライン氏を探すことにのめりこんでいく。写真に写っていたクライン氏の恋人がダンサーをしていたことがわかったが、仕事を辞めた後の足取りはつかめなかった。
ロベールの祖母の出生証明書が手に入らない。警察がロベールの家を捜索し、絵画等を押収していく。多くの私権を制限される。そしてジャニーヌが彼の元を去る。
パリの灯は遠くの結末
ピエールが国外脱出のための偽造パスポートを用意する。マルセイユまで汽車で行って船に乗るはずだった。ところが、偶然ロベールは汽車で別のロベールの恋人の向かいの席に座る。クライン氏は彼女を駅で見送っていた。そしてアパートの管理人が彼をかくまっていたことがわかる。パリに戻ったロベールはピエールの家から電話をかけてもう一人のロベールとついに話をする。しかし、ロベールがクライン氏に会うべく彼のアパートに行ったとき、彼はちょうど連行され、管理人が泣き叫んでいた。ピエールが警察に通報したのだった。
ロベールは彼の家を訪れた警官に偽造パスポートの偽名を告げるが、彼の顔を覚えている警官がいたために、ユダヤ人を詰め込んだバスに入れられてしまう。バスが広場に到着する。人々でごった返している。その時「ロベール・クライン」という名がアナウンスされ、自分と別の男が挙手するのをロベールは見る。ロベールを見つけたピエールが「出生証明書が届いた」と声をかけるが、ロベールはもう一人のロベールを探し続け、とうとう強制収容所行きの列車に乗ってしまう。
この「パリの灯は遠く」(原題Mr.Klein)は、名匠ジョセフ・ロージー監督が「暗殺者のメロディ」に続いてアラン・ドロンと組んだ不条理劇で、フランスのアカデミー賞とも言われるセザール賞の1976年度の作品賞・監督賞・美術賞の3部門を受賞した秀作であり問題作です。
映画はまず、裸の女性が白衣の男性に体を無機質に調べられるという、何か異様な暗示的なユダヤ人の場面から幕を開けます。
1942年のナチス占領下のパリを舞台に、ユダヤ人狩りが始まりそうな雰囲気の中で物語は展開していきます。
アラン・ドロン扮する美術商の主人公クライン氏が、自分と同姓同名のユダヤ人と間違われているかもしれないという恐怖・不安・焦燥感の中で不条理な姿の見えない、ある大きな存在によって袋小路へと次第に追い詰められていく状況を、静かな語り口で淡々と描写していきます。
それは正にあの小説家カフカの描く、不条理な世界そのものです。
主人公のクライン氏は、自己のアイデンティティを証明する為に、もう一人の自分探しを行なっていく中で、自分とは何者なのかという漠然とした不安に苛まれながら、もう一人の自分である正体不明の男に翻弄されていきます。
映画全編を覆う、陰鬱で暗く沈んだような描写は、正にジョセフ・ロージー監督のもつ映像美学の世界であり、その世界観に酔いしれてしまいます。
映画は、ラストのアウシュビッツ行きの収容列車の暗示的な場面で幕を閉じますが、優れた映画が皆そうであるように、この映画は我々観る者のひとり、ひとりの心に問題を投げかけ、様々な事を沈思黙考させる映画です。
最後に出演場面は少ないながらも、ジャンヌ・モローの圧倒的な存在感はさすがの一言に尽きます。