東京タワー オカンとボクと、時々、オトンの紹介:2007年日本映画。母と子、母と父、父と子というどこにでもある関係を、作者のリリーフランキーの実体験に乗せて、お互いが持ち続けてた真っすぐな愛を描いた感動ドラマ。リリー・フランキーが亡き母への思いを綴り200万部以上の大ベストセラーとなった自伝小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の映画化作品。
監督:松岡錠司 出演:オダギリジョー(ボク)、樹木希林(オカン)、内田也哉子(若い頃のオカン)、松たか子(ミズエ)、小林薫(オトン)、冨浦智嗣(中学、高校時代のボク)、田中祥平(小学校時代のボク)、谷端奏人(幼少時代のボク)、ほか
映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のあらすじをネタバレ解説。予告動画、キャスト紹介、感想、レビューを掲載。ストーリーのラストまで簡単に解説します。
東京タワー オカンとボクと、時々、オトンの予告編 動画
映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」解説
この解説記事には映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
東京タワー オカンとボクと、時々、オトンのネタバレあらすじ:起
1960年代のある日、ボクが三歳の時に真夜中にオトンが玄関の戸を蹴破って帰ってきました。オトンは酔っぱらっていてボクにいきなり焼き鳥の串を食べさせてきたかと思えば、オカンはフライパンで殴られました。それが故郷の小倉で三人で暮らした短くも幸せな日々の最後の思い出となったのでした。オトンに手を焼いたオカンはボクと二人で筑豊の実家に連れて帰り、妹であるブーブーおばさんの小料理屋を手伝いながら二人で生きていくことになったのでした。
東京タワー オカンとボクと、時々、オトンのネタバレあらすじ:承
そして時は流れ1970年代になり、ボクは中学三年生になっていました。ボクはこの寂れた街を出ていきたくなったので大分の美術高校に進学することになり、家を出て下宿で一人暮らしをすることになりました。そして出発の日、オカンは駅まで見送りに来てくれてカバンを持たせてくれました。その中には新しい下着と弁当箱としわくちゃの一万円札が入った封筒が入っており、ボクはオカンが作ってくれたおにぎりを食べながらも涙が止まりませんでした。そしてその後ボクは武蔵野の美術大学へ進学し、さらに故郷から離れた所に身を置くことになりました。オカンはずっと仕送りをしてくれていましたが、ボクは遊びほうけてお金を使い果たし、留年までしましたがオカンから怒られたことは一度もありませんでした。
東京タワー オカンとボクと、時々、オトンのネタバレあらすじ:転
そして卒業はしましたが、就職することなくブラブラして過ごしていました。相変わらず仕送りは続けてもらっていましたが、ボクは借金まで重ねようとしていました。このままだとオカンを悲しませると思い連絡を絶ち、ボクは生活を改め、イラストレーター兼コラムニストとして働き、少しずつ東京での暮らしも軌道に乗ってきます。そして久しぶりに連絡をとったらなんとオカンが癌で手術していたというのです。ボクはオカンに東京に来ないかと誘います。そして二人で暮らすことになります。上京したオカンに東京を案内し、今の仕事がひと段落ついたら一緒に東京タワーの展望台に上ることを約束します。オカンは料理好きで世話好きなので、ボクの友達もそんなオカンを慕って毎晩のようにうちに集まり楽しい夕べを過ごしました。決まってオカンが話すのはオトンとの幸せな日々の話でした。
東京タワー オカンとボクと、時々、オトンの結末
しかしオカンの癌が再発します。入退院を繰り返し、オカンは衰弱していき抗がん剤の副作用で苦しみ続けます。そんなオカンを見ていたボクは死期が早まることを受け入れて、治療を拒否しました。副作用から解放されたオカンはそれから穏やかな日々を過ごし、離れていたオトンも来るようになりました。そして二人が見守る中オカンは最期にありがとうと口を動かし息をひきとります。オカンがボクに残してくれた箱の中には、赤ん坊の頃のボクがオカンに抱っこされた写真、通帳やレシピ、ミズエへの手紙などが入っていました。そしてボクへのお別れのメッセージが書かれていました。生前の東京タワーに上るという約束が守れなかった悔いを残しつつ、ボクはオカンの位牌を手に、東京タワーから二人で東京を眺めたのでした。
以上、映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」のあらすじと結末でした。
樹木希林さんの追悼とのことで、放送されていた映画を見ました。昔、見たことがありましたが、2007年の作品だったということで、10年以上前のものでした。キャストもかなり豪華で、樹木希林さんの女優魂も伝わるような、名演技の数々でした。ご冥福をお祈りいたします。